第4話「無情と非情のはたき落とし」

 もし本当の鳥であったならば、高々、二羽の鳥に八頭やずを上階へ運ぶ力などなかった。


 だが鳥の霊は八頭がしがみついて尚、クリスの元へと飛ぶ。


「?」


 その光景に、クリスが眉根を寄せた。


 ――人?


 何故、霊に掴まって人間が昇ってくるのか?


「ははッ」


 思わず笑ってしまう程、何も理由が思いつかない。


 ――こいつの友達? いや、だったら乗り込んでくる前に、大声で知らせればいい。なのに乗り込んでくる?


 霊を相手に退屈していた所へ現れた人間の姿に、クリスは思わず笑みを浮かべた。しかも腰に模造刀を差している事も見て取れる。


 恐るべきは、それらの観察を霊の相手をしながら行えた事か。


 その笑みと、そのたたずまいは、八頭の頭に警報音を響かせる。


 ――バレてんだろうな。


 霊の足から手を離して廊下へ降り立った八頭は、クリスが八頭の武器を模造刀だと見抜いている、と直感した。


 模造刀と真剣の最も違う点は、鞘にある。


 美術品としての側面がある日本刀は、刀身が鞘に引っかかっただけで傷が付く。そもそも刀匠と鞘師は別。それだけ鞘は重要なものであるから、模造刀の鞘と真剣の鞘は明らかに違う。


 霊に向かってナイフを振るいながら八頭を観察できるクリスは、当然、違和感を覚えている。知識がなくとも、違和感は状況を掴ませるヒントだ。「ならないかも知れない」と考えるのは、楽天的過ぎるというもの。


 ――作り物で何しに?


 八頭の行動、仕草、装備、その一つ一つ食い違う不合理さが、実にクリスの感性を刺激していく。



 不条理、不合理――それをバカとは笑わない。



 記憶が刺激された。


 ――あぁ、ガキがいた。


 思い出したのは、もう随分と昔の事だった。


 ――ハーフの子供と、ツレだ。


 いつかは思い出せないが、二人の顔と行動は覚えている。


 ――二手に分かれて逃げようとした……のは見せかけで、片方が片方を逃がすために自殺しやがった。


 逃げた振りをして居残った一人から、クリスは命を取り上げた。


 そして翌日だ。


 ――もう一人も、自殺しに来やがった。


 友達を死なせ、自分だけ生き残ってしまった罪悪感か、ハーフの子供はクリスの元へ自ら現れた。


 結局、二人とも死ぬ事になったのだから、全くの不条理だ。


 しかしクリスは、バカだと嘲笑あざわらう気にはならない。


 ――人間は面白い。何を考えてくるか分からん。


 その二人の子供も八頭も、何かを必死に考え、行動した。それを探り、先回りし、そして行動する――そこにクリスは快感を覚える。


 何よりも、クリスに殺された被害者たちは、皆一様にいったのだ。


 ――消えてしまいたい。


 ――死んでしまいたい。


 ならばクリスは、自分のどこに罪悪感を覚える必要があるのかというだろう。


「ッ」


 クリスの眼前で、八頭が刀を抜く。抜きざまの一撃でクリスへ向かおうとした鳥の霊を切り裂いた。


「ははッ」


 黒い刀身は、それを見たクリスに樹脂製である事を確信させる。


 それでも八頭は、確信されて尚、この武器を振るうしかない。


 ――角度さえ間違わなければ、大丈夫だ。


 遅かれ早かれ得物が非致死性であるとバレる覚悟していた八頭であるから、刀を青眼に構え、クリスの姿を正面からとらえる。刀身は耐衝撃性塩化ビニール製。そう簡単に断ち切られるものではないが、人に対して振るったとしても、精々、怪我をさせるだけだ。


 クリスにとっては無敗が約束されたようなものであるが、それでもあざけりはない。


 ――計算してるんだろう?


 八頭は意味のある行動を取っているはずだと見ているクリスの目は、曇っていない。


 八頭はギャンブルを繰り返しているが、考えている。


 ――鳥が止まったな。


 八頭はクリスに注意しながら、左右を探った。霊の襲来は止まっていた。


 この乱入を、霊は好機となるか否か、見定めようとしているのだろう。


 半身になりながら刀から片手を離した八頭は、慎重に慎重を重ね、ポケットからスマートフォンを取り出す。


「?」


 それを合図に、クリスが動いた。


 ――写真か!


 写真をGPS情報付でどこかへ送信する気だと判断した。


 ――よし!


 向かってきたクリスに、八頭は必勝の笑みを――いや、噛み殺す。


 クリスが手にしているナイフは玩具ではなく、またクリスが身に着けている技も、我流ではあっても虚仮威こけおどしではない。何より刀とナイフでは使い勝手が違う。本当に日本刀が強いのならば、各国の軍隊で採用されているはずだ。


 半身から後ろへ下がる八頭。


 無論、人の身体は前進の方が後退よりも速いのだから、追い付かれる。


 追い付かれるが、階段まで逃げられれば八頭の目論見は成功だ。


 ――落ちながら急所を刺せるか!?


 もみ合いながら落ちれば、クリスにもそこまで精密な動作はできないし、落ちる事を選んだ八頭は、それでもコントロールする余地がある。


つうッ!」


 悲鳴をあげる事になる八頭は、肩にナイフを受けた。


 しかし八頭は衝撃が来た所で、クリスの手首を打ち付け、ナイフから手を離させる。


 八頭は刺さったナイフもそのたままに距離を取り、そこでスマートフォンを外で待っているアズマへと投げた。


「オール国産スマホだ。壊れてないだろ!」


 防水、防塵、耐衝撃の全てで最高の信頼性を備え、ないのは精々、人気だけ――そんなスマートフォンをアズマに投げ渡す。


 そして電話をかけろという八頭は、必死にアズマを庇える位置へと移動し、クリスを正面に捉え続けた。


「警察に連絡だ! 5分もしたら来るぞ! 俺の怪我で傷害確定だ!」



 霊からは守るが、警察へは引き渡す――それが八頭の描いた絵図面だった。



 だが、ここでアズマが悲鳴をあげさせられる。


「八頭さん! ダメだよ!」


 器用に前足でスマートフォンを操作するアズマは、クリスの背後へあごをしゃくる。



 八頭が乱入した事、階段から転落した事、ナイフを手放した事――それらが重なった今を、果たして何というか?



 霊は好機と判断したのだ。



 クリスの背後に霊が像を結ぶ。


 クリスも気付くが、今、手の中に武器はない。


「――!」


 女の霊が発した雄叫びは、果たして何を意味していただろうか?


 成就の歓喜か?


 恨みの憤怒か?


 しかしクリスしか見ていなかった事が、災いした。



 八頭だ。



 クリスの肩越しに、八頭が模造刀を霊の喉元へ突き出したのだ。


「――!」


 今度、あげた声は、間違いなく悲鳴だった。


 ――いつ聞いても、嫌な声だ。


 肩の激痛に勝る痛みが、八頭の胸中に突き刺さる。


 悲鳴の意味は分かる。


 邪魔をするなというのだろう。


 何の権利があるんだといっているのだろう。


だ」


 八頭はいう。


「こいつは、法律で裁かなきゃダメだ。死者が生者に関わっちゃいけないんだ」


 突き出した刀をひねりながら、引き抜く。


 その反動で抱きかかえるような体勢になっているクリスの肝臓を柄で打ち、振り向かせるために身体を半回転させる。


 一瞬であるが平衡感覚を消失させた所で、顎先を正確に柄でかち上げた。自画自賛したくなる程の鮮やかさで、クリスを崩したのだった。

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