2.
内容の一文目が目に飛び込んできた時、誇張ではなく緊張で、自分の喉が鳴るのを聞いた。
「ファイル名:AIにおける図像学の価値評価基準について、
新規語句:『隠された指標、暗示の限界値』(管理番号W0000000001)について、執筆のご協力をお願い致します。」
簡潔な依頼内容の後は、プライバシー保護の原則に順守するだとか、執筆の有無と内容に応じて利益を供与するものではなく、依頼を断るのも自由だとか、社会文化的な公益に資するものとして扱われるだとか、どこかで読んだような文面がずらずらと続いて、最後に、執筆者に与えられる猶予は一週間で、それが過ぎると、何を書いても受理されないと記されていた。
僕は悩んだ。これも一つの経験、知的遊戯だと考えてやってみたいという感情と、軽い気持ちで協力して、存外、重い責任を感じるようになるのも嫌だな、というネガティブな感想の間で、気持ちが揺れた。
しかし結論が出なくとも、学者の卵である。AIがくれた問いに対して「解」を用意し始める習性は野放しだった。
そして丸二日分の時間が過ぎ、言葉が頭の中で熱を持ち始める頃には、もう僕は恐いもの知らずになっていた。なにせ、自分の普段の研究や、論文執筆の過程と違い、他人に話すことが出来ない、相談できないという制約が、その思考に掛けた熱量の行き場を探して、何とも歯痒かった。
たとえ自分の書いたものが、AIのサンプリング対象の一つに過ぎなくとも、新しい語句を定義する、そしてそれが世界中に閲覧される可能性があるのだという高揚感は、何とも言えず素晴らしかった。まだ年数こそ浅くとも、執筆者の栄誉にあずかったことで、自分の学者としての価値が認められたような気がしたのだ。
そうして僕が紡ぎ出した「答え」は、決して独自性のあるものとはいえず、読み返すほど無難で、でもこれといった反論の余地のない、平凡なものになった。
「図像学が提供するのは、暗示の限界値を意図的に引き延ばそうとする、人間の創意工夫の歴史です。……たとえ文字を理解できなくとも、壮大な知識を必要としなくとも絵や意匠は直感的に人の認識に訴え、一見関係の無い、特定のイメージやメッセージを、それを見るものに伝えることが出来ます。
伝達内容の詳細に関しては、あくまで視認した人間の想像力や知識量に委ねられますが、より徹底した情報管理が行われた単一社会、文化圏内では、むしろ文字を介するよりも、限定的なメッセージ伝達が可能であり、今後のAI発展の歴史においても、より興味深い研究対象となるでしょう……」
スペルチェックを済ませて、約1,000字ほどの文面を送信した後、僕はすぐさま、自分の評価がどうなされるのか、気になり始めた。
Assertion ミーシャ @rus
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