連邦艦隊奮戦記

クレイドル501

第1話 エバーマクラル連邦艦隊士官学校


 西暦2235年、地球は星間国家の仲間入りを果たす。


 とはいえ、それは人類が彼らの世界の門を叩いたわけではなく。ヒステリーを引き起こした母親に外へと引きずり出された、引きこもりの息子というイメージの方が適当だろう。

 他者からどう言われようが、僕は世界政府樹立式典に強襲揚陸艦で乗り付けてきたアゼキテン王朝連邦の行いに手放しで喜べない。もちろん、無謀かつ非効率な時空ワープ航法を、現在利用されている比較的安全かつ高効率のアンダーレーン航法に軌道修正してくれたほか、多種多様な技術供与により属国とはいえ一端の星間国家にまで急速成長させてくれたことは感謝している。

 もっとも、122年後。アゼキテン王朝連邦は現在地球連合、もといシリウス星系共和国が所属する”連邦”に完膚なきまでに叩き潰され、単独星系国家にまで落ちぶれてしまう。

 まあ、その際に主戦場がソル星系であったこともあり母なる大地地球に反物質弾頭弾で大規模爆撃が加えられたり、太陽や木星型惑星で危険な”火遊び”が繰り返された結果、ソル星系は再起不能となるほど荒廃したのは、独立の代償としては妥当なのだろうか?

 確実に言えることは、そのころの人類がアルファ・ケンタウリやシリウスに植民地を持っていなかったら、今ここに自分が存在しないことぐらいだろう。もっとも…


「おい!ルックナー!シン・ルックナー候補生!連邦歴357年6月23日にソル星系で発生した会戦の規模、経緯、経過、所感を答えろ!」


 やれやれ、それを僕に言わせるかね?

 そんなボヤキを吐けば教官の鉄拳が飛んでくる。甲殻類から進化した知生体であるハルトマン教官の右ストレートなんぞ食らったら、歯ではなく自分の頭が宙を舞うに違いない。

 なんにせよ、答えは決まっている。自分の祖父世代は心穏やかではないだろうが、時間というものは残酷だ。

 連邦歴357年6月23日、全球のほとんどを要塞化された地球に業を煮やした、連邦軍による大規模無差別軌道爆撃。約1年にわたる絨毯爆撃によって地球から生命が消滅した戦い虐殺に、これと言って何の感慨もわかないのだから。







「いやー、ハルトマン教官の授業はしんどいですね。一瞬芽胞化しようかと思いましたよ」

「鉄拳制裁で芽胞ごとぶち抜かれそうだな、それ」


 午前の講義が終われば、待ちに待った昼食だ。エバーマクラル星系第5惑星の衛星軌道を回る星系軍港。エバーマクラル軍港に併設された士官学校にいくつかある食堂の中で、最も中心に位置する第4食堂の隅の席、それが自分たちのささやかな泊地だった。

 今日のメニューは軍港の水耕栽培施設で栽培された野菜と、合成肉が入ったカレーライス。数百年前の地球の料理だが、連邦内でも受け入れられており、人気もそれなり。ついでに味もいい。

 真正面に座るのは、同期のアルジム。ラクブニルと言う菌類から進化した種族であり、円柱上の胴体に流線型の頭部がのっかっていて胴体と頭部の継ぎ目から数本の触手が伸びている。目に相当する感覚器官は頭部前縁のスリット上の器官で、目が開いているとうっすらとオレンジ色の光を放つ。強大なキノコという印象を与えるこの種族は人類と若干深いかかわりを持っていた。


「まあ、最終試験も近いですからね。ここを乗り切れば、私もあなたも晴れて連邦艦隊少尉。私は通信コースですから、どこかの艦の通信士官。あなたの場合は最初はコルベットの艇長か駆逐艦の副長ってところですね」

「コルベットにはいきたくないな。僕はあれを艦と認めたくない」


 触手のうち口吻の役割を果たすそれを、地衣類を溶かしたスープがなみなみと注がれた器に突っ込みつつ美味なのか目を点滅させるアルジム。そんな同期に、地球人――シン・ルックナーは微妙な顔をする。

 黒い髪に暗い赤の瞳。薄いブルーの詰襟の制服――連邦艦隊軍服――に身を包み、あまり女性受けしなさそうな仏頂面を隠すように目深に官帽を――シンと教官の帽子は地球のものとそう変わらないものだが、頭部が巨大なアルジムのそれは内側に吸盤が付いていた――かぶっている。本来ならば信・ルックナーと書くべきではあるが、日本やドイツといった国が消え、人種や地球言語の違いが些細なものとなってからはほとんど惰性で続いているような筆記法であるため、本人以外誰も知らないし、本人も教える必要性を感じていなかった。


「ですよねー。今の連邦艦隊じゃ海賊退治に真っ先に駆り出されて、運が悪けりゃそのままアボン。エネルギーシールドも旧式、装甲もプラアイロンで紙もいい所。火器はMK.4 88㎜ガンマ線レーザーにMk.51 空間魚雷で火力はあるんですけどねぇ。魚雷なんて巡航艦相手でもなけりゃ当たりませんよ」


 連邦艦隊のみならず、現在の星間国家で低強度紛争の主力を果たすのがコルベットと呼ばれる小型戦闘艦だった。全長は100m足らず、乗員10名前後ではあるが、アンダーレーン航法が可能で正規艦隊にも組み込める。また艦隊戦ではその小柄な艦体に見合った加速、旋回能力で敵艦隊に切り込み一撃を与えたり、敵艦隊から向かってくるコルベットから味方を守る役割も果たす。

 しかし装備している火器は主砲数門に魚雷・ミサイル発射管10基前後と軽装備で、経戦能力、航続距離は最低レベル。艦の責任者も艦長ではなく艇長。小型の戦闘艦というよりも、大型攻撃機と呼んだ方がしっくりくる。

 もちろん、戦闘になれば流星群のごとく落とされ、帰還率は最も低い。コルベットで生き残れば”艦長”の道も開けるが、大部分は星の海に帰っていくことになる。


「海賊なんて駆逐艦とコルベット主体の快速艦隊だしな。最近だとべラム星系襲撃団ぐらいか?」

「たまたま近くにいた第3巡航艦隊に粉砕されましたけどね」


 打撃巡航艦ストライク・クルーザーを旗艦とする巡航艦隊が相手では、海賊の民間船を改造したような巡航艦などひとたまりもない。戦闘詳報を読んだが、アウトレンジから253㎜レールガンの斉射を受けて戦闘開始30分で爆沈している。


「いいじゃないか、無理してコルベットぶつけるよりよっぽどスマートだ。なにより、仕事が減ったのがいい」

「相変わらず、自堕落ですねぇ。せっかく連邦艦隊に抜擢されたんですからもうちょっと誇りとか、目標とかないんです?」

「目標ならある」

「どんな?」

「適当に出世して自堕落年金生活したい」

「ああ、うん、大事ですね、それ」


 呆れたような声とともに、スリットの光が片側へと寄る。これは目を逸らしている時の反応だ。なんとでも言え、連邦艦隊が連邦の最大戦力だったのも今は昔。今では自国艦隊の余剰品、余剰士官集積所だ。ただし、連邦艦隊時代の福利厚生は割とそのまま残っているので、年金は自国艦隊よりもいい。もっとも、駆り出される戦闘の数、消耗率のことを考えれば、本国艦隊の方が安全ではあるのだが…


「まーた堕落主義垂れ流してるのか?シン」

「ん?ああ、貴様かロンロ」


 後ろからかけられた声に振り向くと、これまた同期のロンロがトレイに昼食を乗せてたっており、自然な動作で隣に座る。

 トカゲのような顔、細長い体に、これまたトカゲのような6本の手足。前方の2対の手は比較的器用に使えるため、ロンロの種族はS字型に体を曲げて2足歩行をしていることが多い。もちろん、はいつくばって6本の手足をフルに使って走ることもできる。

 しかし、トカゲトカゲと表現したが、実際のところ彼の種族は虫から進化しているため、その表現はあまり正しくなかったりする。

 トレイの上には、よくわからない虫のから揚げのようなものに水耕栽培施設からとれた根菜類のシチュー。最初の頃は共食いのようにも見えたが、「貴様らは牛やら豚を食うのに抵抗感はないのか?」と問われて考えをただした。彼らにしてみれば、人が哺乳類を食べる光景が共食いのように見えるらしい。人と哺乳類、ロンロと虫類。外から見れば同じでも、当人にとっては確固たる隔たりがあった。


「堕落主義とは心外だな。僕はただ生き残りたいといっているだけで」

「生き残りたいの前に”楽に”の文字が抜けてるぜ」


 シュラララと蛇が威嚇するような声がロンロの喉から漏れるが、これは彼らの種族の笑い声だ。何度目かわからないお約束のような言葉の応酬にこちらも苦笑する。


「戦争の極意はいかに楽に勝つかだろう?勝つことは生き残ることと同義だ、というか、どんだけボロ負けしようが生きてりゃ勝ちさ」


「それは違いねぇな」と楽し気にから揚げを頬張ると、子気味の良い音が響く。


「ロンロは機関コースでしたっけ?」

「おうよ。しかも配属される艦も決まったぜ、今ドックで最終艤装中のサリアン級駆逐艦トラウゼンだ。近々試験航海に出るから、それに乗る」

「ああ、先月進宙した奴ですね。左舷側のエンジンポッドが二つとも納品が遅れてたみたいですが、どうなったんです?」


「ああ、あれか」とロンロの声のトーンが低くなる。どうやら、碌でもないことになっているらしい。


「シャングリラ継承国で急遽必要になったんでって、持ってかれたよ。連邦の創設国で6大国の一つ、今の連邦大統領まで出してる国が軍事費ケチるなよなぁ、ったく。結局サンデッカ主権国のスクラップから引っぺがしてきた部品で共食い整備、いや艤装だ。連邦加盟で共通部品ばっかりなのが不幸中の幸いさ。ガワの装甲だけなら、ここの工場ですぐに作れる」


 サリアン級駆逐艦といえば、連邦艦隊でも標準的な性能の駆逐艦だ。矢じりのような艦体の後部からX字型にパイロンが伸び、その先端に多くの武装とエンジンが一体になった大型ポッドが搭載されている。

 主砲として大型ポッドに固定式の130㎜ガンマ線レーザー1基と12連装ミサイル発射管、艦本体の上下に旋回砲塔式の76㎜連装ガンマ線レーザー砲2基4門、艦首部分に大型ミサイル空間魚雷発射管8基を装備している。ほとんどの火器が前方に集中している結果、後ろをとられると窮地に陥るが、前方に対する瞬間火力は高い。クリーンヒットさせれば巡航艦どころか戦艦すら一撃で粉砕することが可能だった。

 ただし、あくまでも駆逐艦であるため装甲は正面以外決して厚くなく、反応路も小さいためエネルギーシールドの整波能力も低い。ミサイルや反応炉をパイロンに設置することで緊急時に切り離して本体を守るなど、ダメコンは一応考えられているが、艦体が小さくパイロンが短いため、切り離しには成功しても至近距離で誘爆する反応炉の道ずれになる事例も少なくない。それでもこの設計が続けられているのは、弱点となる斜め後方からの攻撃から艦橋を守る盾として機能するからだった。


「機関コースは配属が早いですからねぇ。我々は向こう半年はハルトマン教官の甲殻類顔を見る羽目に、トホホ。もう芽胞化して引きこもってていいですか?」

「…おい」

「芽胞化できるだけましだろうが。僕なんかどうやってもアノ蟹顔から逃げられんのだぞ」

「…ちょっと」

「全く、之だからルズィル人は狂信的な軍国主義者なんですよ。もっと愛と平和と受容を愛する我々ラクブニルを見習ってほしいものです」

「………」

「そうだよな、あの罰走大好きザリガニ野郎。ああ、くそ。これからあと何週罰走食らうんだろう、僕は艦長になるためにここにきているわけで、マラソンランナーには…」


 そこまで行った後、ロンロの異変にようやく気付く。いつもなら自分たちと一緒に不平不満をぶちまけているはずなのだが、今日は馬鹿におとなしい。背筋を走るためにクラウチングスタートの体勢だった悪寒が、カチリとキチン質の口角が打ち合わされるかすかな音をスターター代わりに走り抜ける。

 恐る恐る音のした方を見ると、仁王立ちでこちらを見下ろす直立したザリガニと形容できる蟹教官、もとい鬼教官が両手の丸い鋏を開閉させていた。外骨格であるため表には出ないが、もし内骨格であれば額に青筋が浮かんでいたことだろう。


「ずいぶん面白い話をしているな、ルックナー候補生、アルジム候補生」

「そ、空耳では?」

「………」


 アルジムの無駄なあがきは、ハルトマン教官の一喝で吹き飛ばされてしまう。


「んなわけあるか!貴様ら三人罰走だ!そんなに走りたければ走らせてやる!外郭通路10週!食事終了!起立!駆け足!」

「え?じ、自分もでありますか?」

「当たり前だバカもん!一人だけ逃げようったってそうはいかんぞ!連帯責任だ!走れ!遅いやつはぶん殴る!」


 コルベットの装甲ならぶち抜きそうな教官の拳の標的になってはかなわない。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった1人と1体と1匹は、拳を振り回す教官から逃げるように一目散に軍港の外郭通路へと走っていく。

 後に残された他の多種多様な同期たちは「またやってるよ」と肩をすくめて笑いあった。エバーマクラル軍港連邦艦隊士官学校名物、3バカ候補生 VS 鬼(蟹)教官の罰走。3人が教官に追いつかれ鉄拳制裁を食らうか、10週を走り切るか。今のところ1番人気は、シン、アルジム、ロンロの順でぶっ飛ばされる3連単だった。

 約10分後、人の悲鳴、菌の悲鳴、虫の悲鳴が外郭通路の方から順に響き、賭けに勝った候補生は、昼食代が浮いたと笑みを浮かべ元締めの爬虫類人の方へと歩き出した。

 無数に繰り返された士官学校の昼下がりのバカ騒ぎ。そんな平穏を踏みつぶす戦禍の足音は、もうすぐそこまで迫っていた。








『エバーマクラル軍港視認、到着時刻マイナス2分なれど全工程に異常なし』

『ブレナーク、ヘルレッジは左舷側より接近、ダミア、ウォルトンは右舷側。キングヒルは本艦に続け』





『さあ、統合の狼煙を上げようじゃないか』

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