第4話 連邦艦隊奮戦記



「主砲、魚雷発射管咄嗟射撃用意!」


 暗い空気を吹き飛ばすように、シンの号令が艦橋に轟く。それがスイッチになり、乗員の意識が戦場へと向けられる。喪った者を悼む贅沢は、生き残った後で楽しめば良い。

 トラウゼンの艦体が最大の加速を維持しながら宇宙へと躍り出る。前方3000では2隻のデルアイム級大型駆逐艦が分裂弾頭誘導弾スォーム・ミサイルの子弾920発に群がられている。港湾封鎖のため速力を落としていたのが仇になったのか、回避ではなく近接防御火器CIWSによる迎撃を選択してくれたようだ。ミサイル子弾は小型であり、全弾命中でも撃沈は見込めない。しかし、駆逐艦のレーダーや比較的装甲の薄い副砲、対空砲を潰すのなら十分だ。


「進路そのまま!電子妨害開始!」

「電子妨害開始!」

「敵艦ミサイル発射!」

「デコイ放出!下げ舵20!機関出力落とせ!」


 ミサイルアラートが鳴り響き、艦橋後部からデコイが放出されると同時、スラスターをふかして機動変更、出力を絞る。放たれた2発のデコイは、高エネルギー反応をまき散らしながら天頂方向へ撃ちあがっていき、釣られた敵のミサイル16発が針路を変える。


「出力戻せ!上げ舵20!シールドは前面に集中展開!右ロール90!主砲斉射用意!」


 艦首の姿勢制御スラスターがうなり声を上げ、4つのメインスラスターが青白い吐息の方向をわずかな間上へと変えた。スナップアップしたトラウゼンはようやくミサイルの大軍を凌いだ2隻のデルアイム級へと艦体を捻りながら急速接近していく。

 無骨なサリアン級とは異なり、滑らかなイカの胴体を思わせる艦体から突き出した連装砲塔が輝くと、トラウゼンの両舷のエンジンの隙間をレーザーの火箭が貫いた。

 艦隊に対して真正面を向けて戦うことを想定されている以上、発射と着弾がほぼ同時である光学兵器に対する対策はとってあるが、真横をオレンジ色の光条が貫いていくのは胃にやさしい光景ではない。


「ヒュウ!モーレツゥ!」

「喚くな、アルジム。次は直撃だ、総員対ショック姿勢!機関長ロンロ!」

『あいよ!いつでも行けるぜ!』


 間髪入れずに第2撃、今度は小細工も通用せず8条の火箭すべてが直撃。艦首に2発、1番エンジンに2発、3番エンジンに4発。サリアン級が比較的正面装甲に重きを置いた艦隊型駆逐艦ではなく、重要区画に特殊鏡面処理装甲を施していなければ即座に爆散していただろう。

 続いて、艦首を下げてこちらに正対しようとする敵艦の底部前方から白煙が8本ほとばしる。途端に艦橋に響き渡るミサイルアラート。初速が遅く、大型弾頭。空間魚雷。相対距離1500、相対速力45CKt、距離0までおよそ1分、レーザー次弾発射まで、3秒。


「敵艦空間魚雷発射!数8!」

「主砲用意!1番、2番、照準!目標敵魚雷!過剰推進オーバーブースト開始!」

『舌噛むなよぉ!』


 軍用推進剤の500倍の推進効率を持つ希少資源ニサスガスが推進機へ投入され、トラウゼンの噴射炎が琥珀色に染まる。全長232mの艦体が不可視の弓から放たれた矢のように弾き飛ばされる。

 艦内の管制制御装置でも制御できない加速度と振動が加わり、数人が椅子から吹き飛ばされ艦橋後方の壁に叩きつけられる。数名の悲鳴を聞き流しながら、艦長席にしがみつく。

 一息に80Cktにまで加速したトラウゼンは発射された魚雷の予想交錯点を軽々と飛び越える。鈍重な魚雷はそれでも針路を変えようとするが、急加速したトラウゼンはすでに誘導範囲外に踏み込んでいた。包み込むように迫る魚雷群の中央を抜ける針路をとり、猛然と加速していく。


「魚雷全弾回避!」

ェ!」


 艦体上下に搭載された76㎜連装レーザー砲が軽やかに旋回し、高速ですれ違う8発のうち2発に高出力レーザーが突き刺さる。迎撃用のそれではない対艦レーザーの火箭に撫でられた魚雷が即座に炸裂し、巨大な火球が膨れ上がったかと思うと周囲の魚雷にも誘爆をおこし、計8発の魚雷が虚空を焼いていく。

 トラウゼンに艦首を向けていた2隻の駆逐艦の観測機器は至近といってよい距離で炸裂した8発の魚雷の爆発に目を焼かれ一瞬ホワイトアウト。致命的な隙をさらしてしまう。


「1番から8番!発射扉開け!1から4番目標α!5から8番目標β!有線誘導!」

「魚雷発射管全扉開放!」

「誘導装置切り替えよし!」


 トラウゼン艦首最前部上下に分散配置された空間魚雷発射管の装甲前扉が、わずかな空気を漏らしながら解放される。発射管の奥に鎮座する空間魚雷の弾頭にレーザーでも食らえば爆沈は必至だが、今この瞬間敵艦のレーダーは視力を失っている。レーダーが使えなければ、光学兵器であっても高速移動する駆逐艦の魚雷発射管を狙い撃ちすることなど不可能だ。

 空間魚雷は対艦兵器でなければ打ち抜けない弾頭装甲と、戦艦すら致命傷を与える火力を両立した兵器だが、その分重く機動力と誘導性能に欠ける。そのため、会戦では比較的機動力の低い主力艦へ向けた戦隊単位での飽和雷撃が主流であった。


「講義じゃ魚雷って大型艦用の武装だって習ったんですけどね」

「駆逐艦に魚雷を撃つ奴は、相当焦っているか。外道戦術上等の大馬鹿野郎だ」

「どっちもどっちですな」


 アルジムが呆れているのか目を数度点滅させる。強烈な振動と加速度、敵艦に突っ込んでいる状況なのに軽口が吐ける当たり、こいつも相当狂菌なのではないだろうか?


「要は生き残りゃいいのさ。舵そのまま!速度維持!」

「マジっすか!?」

「ビビった方が沈むぞ!操舵手!このままあの2艦のど真ん中ぶち抜け!」


「この艦長滅茶苦茶だぁっ!」と軟体生物から進化した操舵手が困惑と興奮が入り交じった悲鳴を上げるが、針路は命令オーダー通り変えない。ここでビビッて針路を変えれば、被弾面積が大きくなるうえ、真面に装甲されてない側背面をさらすことになる。それならば、電子の目を一時的に失った敵艦の間をすり抜ける方が、まだ生き残れそうだった。


『しかし、敵も馬鹿じゃねぇ。至近距離からレーザーぶち込まれれば致命傷じゃねぇのか?サリアン級こいつは確かに、正面はガチムチだが側背面の装甲はだらしねぇんだから』


 ロンロの懸念に不敵な笑みを意図的に浮かべ、「出来るもんならやって見やがれってんだ」と啖呵を切る。相対距離はすでに500を切った。もう時間はない。

 敵艦のモニターには回避行動をとらず猛然と突っ込むトラウゼンの姿が映っているのだろう。ふいに2隻の側面スラスターが閃き、間隔をあけるように別々の方向へ移動し始める。その光景をモニター越しに見たシンの顔には、今度こそ笑みが浮かんでいた。

 奴らの狙いは間隔を開けてトラウゼンをすり抜けさせ、すれ違いざまに収束レーザーを叩き込むつもりだろう。エネルギー兵器は速射性と威力をトレードオフではあるが、ある程度変更することができる。側面に収束レーザーを受ければトラウゼンも持たない。

 勝負は一瞬、タイミングを読み違えた方が死ぬ。


「航海!距離をカウントしろ!魚雷発射用意!」

「現在450!…400!」


 モニターにはスラスターを吹かして遼艦との距離をとろうとする敵の姿。


「350!…300!」


 艦橋は相変わらず振動がひどく、押しつぶされるような息苦しさを感じる。


「250!…200!」


 そんな中、ゆらりとシンの右手が挙げられた。

 艦長席の近くにいる乗員は自然と、新米艦長に視線が誘導され、彼の姿が目に焼き付く。連邦艦隊の軍服に身を包んだ凶相の青年士官は歯の根が鳴らないように奥歯を噛みしめ不敵な笑みを浮かべ恐怖で震えないよう体を緊張させ強烈な振動の中微動だにせず、その時を待った。


「150!…ひゃ、100!」

「全門発射!」

「撃ェッ!」


 右手が無造作に振り下ろされると同時、トラウゼンの艦首が白煙に包まれ8本の鈍色の槍が蒼炎の尾を引きながら吐き出される。本来は鈍足な空間魚雷ではあるが、過剰推進中の母艦の速度を加算された空間魚雷は、トラウゼンが到達する前に回避軌道をとろうとした2隻の艦全体に、その全てが火花を散らしながら突き立った。

 運動エネルギーで着弾した箇所の装甲を打ち抜いた魚雷は弾頭のプラズマカッターを作動させ、推進器の出力を維持したまま艦体を掘り進み、艦内の管制システムを引き裂いていく。空間魚雷は速力が遅いため、衝突による運動エネルギーで戦艦の装甲を穿つことはできない。低速の魚雷を強固な装甲をもつ戦艦の艦内で炸裂させる命題への回答が、プラズマカッターを利用した穿孔能力弾頭だった。

 また1隻あたり4発の大型空間魚雷の直撃を受けたデルアイム級駆逐艦は激しく振動し、艦橋要員のほとんどは座席から吹き飛ばされる。右舷側の駆逐艦ダミアに至っては艦橋直下に魚雷の直撃を受け、弾け飛んだ艦体の破片が艦橋を貫き、艦首脳を全滅させてしまっていた。

 魚雷4発の直撃だけで中破ないし大破に陥ったデルアイム級の間をトラウゼンがすり抜ける。まだ被害が小さかった後部艦橋によって操作されたダミア、ウォルトンの後部旋回砲塔が連邦艦隊の生き残りに砲身を向けるが、それよりも早く魚雷の信管が起動した。

 弾頭に封入された反物質の制御が解かれ、魚雷本体と対消滅反応を起こし物質がエネルギーへと置換されていく。戦艦すらもまともに受ければ轟沈を免れない反物質弾頭空間魚雷を4発受けた駆逐艦の末路は決まり切っていた。


「艦の姿勢を維持し続けろ!デブリをもろに受けるぞ!後部区画には誰もいないな!?」


 アルジムが肯定の返事をしようとしたとき、木っ端みじんにはじけ飛んだ駆逐艦2隻分のデブリが高速で飛来する。同針路に全速航行しているため相対速度をいくらかは殺せたが、それでも爆発による破片は艦後部を襲う。


「艦尾レーダー小破!」

「S-12区画亀裂発生!ポリマー充填開始!」

「5番機銃大破!」

「3番エンジン安全装置作動!出力低下!安全装置を切りますか?」

「いや、1番の出力を下げてバランスをとればいい。敵艦は?」

「待ってください、側面レーダーで拡大捜査開始……リアクター反応消滅!撃沈です!敵駆逐艦2隻轟沈!」


 敵艦撃沈。その報に今度こそ艦橋で歓声が爆発した。あちこちで手や蔓、触手が仲間の肩や背中をたたき、生還と戦果を祝う。他にも、まだ信じられないとコンソールと艦橋に視線を行ったり来たりさせる植物系のレーダー手や、操舵手の軟体系知生体は緊張が解けたのか全身の筋繊維を弛緩させほとんど液体のようになっていたりする。

 その光景を見てシンもようやく全身から、わずかに力を抜くことができた。一先ずの危機は去ったが、まだ油断すべきではない。


「過剰推進終了、両舷前進第二戦速。下げ舵20、公転面水平。進路そのまま」

「第二戦速、進路そのまま宜候!」

「レーダー、他の敵艦は?」

「巡航1、駆逐2、揚陸艦1。軍港近辺から動く気配を見せません。6時方向、距離28000」

「2隻落としたこちらを警戒しているのか、駆逐艦1隻逃げたところで意味はないと舐めているのか…どちらにせよ、動きがないならこのまま逃げさせてもらうか」

「一番近いのはフィリクス星系のフィリクス要塞ですが…」

「いや、ザーメグ星系を経由してカンダルヴァ基地へ行く」

「え?か、カンダルヴァですか?」


 航海長――3つ目の鳥人といった風貌――が面食らったような顔をするのも当然だ。ここの隣の星系であるフィリクス要塞は中規模とはいえエバーマクラル要塞とは比較にならない防御能力を持っている。港を追われた艦が逃げ込むにはうってつけだ。しかし、今回そこに向かうのは悪手以外の何物でもない。


「フィリクス要塞はダーリヴォ連邦が建設して連邦艦隊に貸し出している基地だ。エバーマクラルに来た小部隊が基地の破壊ではなく制圧を目的としたのなら、落ちていると考えた方がいい。敵要塞目前の軍港を、小部隊でのんびり攻略する馬鹿はいない」

「しかし、カンダルヴァまではザーメグ、トリ・アンフ、ヒッススの3星系を経由しなければなりません。2か月は掛かります。しかも、あそこは軍港じゃなくて前哨基地ですよ?」

「仕方ないだろ、そこが一番近いんだから」

「いや、もっと他に…ああ、そういうことですか」


 何かに気づいた航海長が目をぱちくりとさせた。


「こことフィリクスはダーリヴォ連邦領、距離的に次に近いディシュケー軍港はロンタール星系委員会の属国、ディシュケー首長国領。対してカンダルヴァ基地はシャングリラ継承国の属国、カンダルヴァ自治領ですね。確かに、友軍と合流するにはカンダルヴァに行くしかありませんね」

「そういうことだ。航路を作成してくれ」


「了解しました」と敬礼する航海長に答礼する。その様子を「様になってますねぇ」とアルジムに茶化され、反応しようとしたときだった。アルジムの目の光が細くなり、目の前のコンソールをにらみつける。


「これは…全周波数帯への一方向通信、いや放送です」

「スクリーンに出せ」


 正面のメインスクリーンがレーダー画面から切り替わると、そこはシリウス星系共和国の中央議事堂だった。本来なら議長が座るべき場所に居る場違いな人物に、シンは目を見開く。


「は、はは。どういう冗談だよ一体」


 周囲に座るのは多種多様な人種、哺乳類人、甲殻類人、軟体人、鳥人などなど、銀河の縮図といっていいが、すべからく国政にかかわる壮年前後の文官たち。しかし、議長席に座るその人物は、文民統制シビリアンコントロールに真っ向から喧嘩を売るように、シリウス星系共和国の軍服を身にまとっていた。

 豊かなロマンスグレーの髪をオールバックにまとめ、顔には深い皴が刻まれているが、スラリとした痩身と立ち振る舞いからは老いを感じさせない。そして分厚い黒ぶち眼鏡の奥には鷹のように切れ長の目と赤黒い瞳が議場を併呑していた。

 唖然とするシンをよそに、画面の中の人物は議長席のマイクへ言葉を紡ぎ続ける。


『抑圧された民衆を開放し、一つの意志のもとに銀河を統合する時が来た。大いなる力のもと我らの覇道に付き従うものは、栄光を約束される。しかし、愚かにも我らに歯向かう民族はその悉くが星の海に帰るだろう。諸君!私は今ここに、銀河連合帝国改めエリュシオン星間帝国の建国を宣言する。帝国初代宰相兼、帝国宇宙軍軍令部総長、ジェームズ・ルックナー元帥』


「シン、まさか…」


 アルジムの探るような声に、困惑とやるせなさと怒りで顔をゆがめたシンが微かに頷く。


「ああ…あそこでカッコつけてる元帥閣下は…」


『以上で、建国宣言を終了する。全銀河の人民に、天宙龍の加護があらんことを』


「僕の、親父殿だよ」



 これは、”役立たず””弱兵”の代名詞である連邦艦隊の、とあるヒューマノイドの艦長とその愉快な仲間が強大な敵に立ち向かう、レーザーと反物質と中性粒子ビームに彩られた戦記であり、宇宙に版図を広げた無数の知性体たちの御伽噺。


 孤立無援の駆逐艦は一縷の望みをかけ、友軍基地へと舵をきる。恒星エバーマクラル表面では、龍にも見える赤い巨大なフレアが踊っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る