3-2

「お前……! また騙されてんのかよ! ウケる! ハハハ!」

「……祐也くん?」


 七海はヨロヨロと立ち上がり、こちらを見た。


「悪いな、真。仕事の途中だったんだろ? でも可笑しくて……!」


 俺は怒りに震えながらも何も言い返せなかった。

 騙そうとしていたのは本当だし、俺に祐翔の事を責める資格なんてない。


「七海は最高の女だったよ。最高に騙しやすかった!」


 ――ない、のに!


「謝れ! この子に土下座しろよ!」


 俺は祐翔の胸ぐらを思い切り掴み、叫んだ。

 だが、反対に手首を掴まれ思い切り突き飛ばされた。


「…………っ!」


 尻餅をついた俺を蔑んだ目で祐翔は見つめ、唾を吐いた。


「なんだそれ。お前も俺と同じ詐欺師だろ」

「……俺は……お前とは違う……」

「何が違うんだよ。七海、お前コイツに金盗られただろ? こんなポンコツでも七海だったら簡単に騙し取れるもんなぁ」


 さっき飲んだ冷たい水が喉にこみ上げる。


 そうだ。俺も裕翔と同じ。


 ――家族を殺した吉田と……同じ。


「……同じじゃない」


 頭上から七海の声がした。


「は?」

「真さんは私からお金を盗ってない! 同じじゃない!」


 大人しそうな彼女の何処からこんな気迫が出てくるのか不思議なほど、凛とした佇まいだった。


「謝って……謝ってよ! 謝らないと警察に全部話すから! この人に聞けば貴方の本当の名前も分かるよね」


 今度は七海が裕翔に詰め寄った。

 裕翔は引き攣りながら後ずさりすると「バッカじゃねーの!」と言って走り去って行った。


 後には静寂。


 地面に座り込んでいる俺の前に七海が両膝を着いてへたりこんだ。


「大丈夫……ですか?」

「え……? ああ……」


 どうしてこうなった。

 全部台無しじゃないか。

 爺さん……俺はこの子に会って全てを無くしてしまったよ。


 でも……この子がこれ以上騙されなくて済んだのなら、それはそれで良かったのかもしれない。


 ああ。腹が減った。


 早く俺の本の最後の1行を完成させてくれ――



「お茶、しに行きましょうか」


 七海の言葉に俺は閉じかけていた目を見開いた。


「勿論私の奢りです。バイト代も入ったんで任せてください!」

「なんで? 俺は君を……」

「話したいんです。真さんと」


 そう言って手を差し出し笑う七海が天使に見えた。

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