第2話 瀬戸七海と加藤真
2-1
「これで帰れますか?」
「ああ、お嬢ちゃんありがとう。まったく何処で財布を落としたんだか……とにかく恩に着るよ、ありがとう」
「どういたしまして。気をつけて帰ってくださいね」
七海は、財布を落として電車賃を払えないから小銭を貸してくれないか、と声をかけてきたお婆さんの姿が見えなくなるまで満面の笑みを浮かべて手を振った。
今日も人を助けることが出来た。
とても幸せだ。
「……ね、今のって」
「うん、詐欺だよね」
「あの女子高生、騙されたとも知らずにすごく嬉しそうだよ」
「不憫だ」
そんな事を囁かれているのも知らずに、スキップでもしそうな勢いで街中を歩く。
すると、制服のスカートのポケットに入れているスマホが軽快な音楽を鳴らした。
先月から付き合い始めた彼氏の祐也からだった。
「もしもし?」
『七海? どうしよう……俺……』
「どうしたの!?」
電話の向こうの緊迫した声に、七海は歩みを止めた。
祐也は3つ年上の専門学校生だ。七海が定期券を落とした時に拾ってもらい、それが切っ掛けで付き合い始めた。
「もしかして、お母さん具合が悪いの?」
祐也は父親を早くに亡くし、今は母子家庭なのだという。
その母親も病弱で入退院を繰り返しているらしい。
治療費を稼ぐため祐也は学校が終わればバイト三昧で、付き合っているというのにまだ2度しか会えていない。
それでも連絡はマメにしてくれるし、相談にも親身に乗ってくれる優しい人だった。だから七海は寂しいとは思わなかったし、好きだった。
『そうなんだ……でもバイト代がまだ出てなくて……病院に行けないんだ』
「そんな……大変! 私、少しなら用立て出来るよ! お金持っていくから! どこに行けばいい?」
『七海に迷惑かけるわけには……』
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 家どこ? 今から届けにいくから」
『ありがとう。でも彼女にお金を借りるところなんて母さんに見せたくないから……家の近くの公園でいいかな』
「わかった!」
七海は通話を切ると、ATMへ走った。
ファーストフード店で週に3日アルバイトをしているから、少しは蓄えがある。
「……3万か……」
引き出せる最大の金額を備え付けられた封筒へ入れ、七海は待ち合わせ場所の公園へ走った。
「七海!」
「はぁ……はぁっ! 祐也くん!」
肩で息をする七海に対して祐也はベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいた。
「これ……!」
封筒を差し出すと、祐也は簡単に受け取った。すぐに封筒の中身を確認すると「3万か」と、呟いた。
「ごめん! 足りないかな。でも私の全財産なの……」
祐也は七海に聴こえない程度に舌打ちをした。
「……いや、ありがとう。後は何とかするよ」
そのまま立ち去ろうとする祐也に、七海は言った。
「お母さん、お大事にね」
祐也は振り返らずに去っていった。
その日から祐也からの連絡は途絶えた。
それでも七海は笑顔を絶やさなかった。
自分の差し出した僅かなお金で、彼の母親を助ける手助けが出来たなら……こんなに嬉しいことはない。
それに、いつか祐也の方から連絡が来ることを信じて疑わなかった。
他人からすれば不幸だと思える事も、七海には幸福だった。
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