2-2
「……これの何処が幸せなんだ?」
俺は【瀬戸七海】の本の最近の出来事を読み終えると独りきりのアパートの部屋でそう言葉を吐き捨てた。
騙され続けているというのに、この娘は人を疑うどころか幸せだと感じている。
いや、不幸だと感じていないからこそ、この本は白いのか……
老人は、七海に会うことで俺も幸福になれると言っていた。と、言うことは俺がこの子を騙して幸せになれ、そういう事なのだろうか。
確かに七海なら稚拙な手段でも簡単に騙せそうだ。
俺は少し考えた後、商売道具をスーツの上着のポケットへ入れ、部屋を出た。
勿論、本も忘れずに持った。
本には現在までの確定された出来事しか記されないが、今現在の動向は手に取るように分かるから便利だ。
七海は学校から直接バイト先へ向かい、駅前を歩いていた。
――あの子か。
さすがに本には写真など載っていないから容姿は分からなかったが、幸い周りに制服を着た女子高生は1人だけだった。
イメージ通り、七海は純粋を絵に描いたような容姿をしていた。艶のある肩までの黒髪、透き通るような白い肌、黒目がちな瞳は真っ直ぐ前を見据えて歩いていた。
俺は少し俯きながら、数メートル先から歩いてくる七海へ向かい合うようにして距離を縮めていく。
すれ違う瞬間、七海の左腕に俺の右腕を接触させ「あっ!」と、わざとらしく声を上げ、手にしていたスマホを地面へと派手に落とした。
「え……! すみません! 大丈夫ですか!?」
七海は慌ててしゃがみこみ、落ちたスマホを拾いあげた。
派手に割れた画面を見た七海は、見る見るうちに青ざめた。それから90度に腰を折り、頭をこれでもかと言うほど下げながら壊れたスマホを両手で持ち、俺へと差し出した。
「ごめんなさい!」
俺は差し出されたスマホを片手で受け取り「あー……電源入らないな……」と、さも困ったように言った。
確かに電源は入らないし、画面は修復不可能な程に割れているが、今落としたのが原因ではない。元から壊れていたものをわざと落としたのだ。
勿論、騙して弁償させる為に。
だが、この方法は既に摘発されているから、成功率は0%と言っても過言ではない。
「困ったな……仕事の連絡しないといけなかったんだけど……」
だから、これは賭けだ。
「それは困りますね……私のせいです。お店まで行くので弁償させてください!」
「いや、もう店まで行ってる時間はないから。それに人に会う約束もあるので」
「そ、そうなんですね……じゃあ、あの……! 少ししか持ち合わせてなくて……これ足しにしてください!」
七海は鞄の中から財布を取り出すと、入っていた5千円札を俺へ差し出した。
予想はしていたが、余りにもあっさり信用され、拍子抜けする。
本当はもう少し出させたい所だが、彼氏に金を騙し取られてなけなしの5千円ということは俺自身知ってしまっている。カモに情けをかける詐欺師なんて笑われるだろうが、今回はこれで我慢することにした。
「いや……俺も不注意だったから……でも助かります。ありがとう」
そう言って5千円札を受け取ろうとしたが、何故かあと数ミリの所で手が止まった。
「いえ、私のせいなので……どうしました?」
こんなに簡単に金を騙し取れるというのに、全く嬉しくない。
寧ろ、イライラする。
何故、微塵も疑わないのだ。
「……仕事終わりで良かったら、お茶でもしませんか?」
何を言っているんだ。
これ以上接点を持つのは危険なのに……
「え? あ、でも私もこれからバイトなんで上がるの20時ですよ?」
「そうですか……いきなりすみませんでした。では……」
自分の不可解な言動に羞恥を覚え、一刻も早くこの場を去ろうと踵を返した。
「あ! お金!」
背後からそう叫ばれたが、俺は結局何も盗らずに家路を急いだ。
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