トビラノムコウ
その
キミの家は一瞬にして収縮し、元の大きさに戻ったのだ。
だがキミは家に戻ろうとはしなかった。
戻ろうとして、また大きくなったら
あの布団があって、
キミは冷酷な風の本調子を身に刻みながら歩いた。
白い息を吐きながら歩く。目指すのはワタシの家だ。
ワタシが歩いてきた方角に進んでいけばいつかは辿り着くだろう。そう思った。それにあの冷凍庫のように冷え切った箱の中でがたがたと震えているより、寒風の中でも歩いていた方がよほど温かい様に思えた。何よりワタシから借りた
ワタシの家に着いたら火ばさみとゴミ籠に成り得るものを
海の、水平線の上では今日もまた青白い光が瞬いている。
そのままいったいどれほど歩いただろうか。
キミは足腰が疲れるよりも体が温まると言う喜びがあったから、
しかし時間はキミが思っていたよりも早く流れていた。
空の透明度が増す。
同時に茜色が雲を染め上げる。
太陽が昇ってきたようだ。
夜通し歩き続けていたという事実に直面し、キミは
海の方を、何とは無しに眺めた。
とろとろと
「どうして!?」
キミが叫んだのは、太陽が海の方角から昇ってきた事への驚愕からくるものであった。
キミはいつも太陽が沈んで行った海の青白い光を見て眠りに就くと言うのだから全く
太陽の位置からするに、つまりキミは海の反対側にまで来てしまったと言う事になる。
ワタシは確かに「長かった」とは言っていたが。
それにしても海の反対側から来たとは驚きである。
その事実に気付くと同時に、キミが今まで歩いてきた道のりの先に大きな
どうやらそれは初めからそこにあったようだが、キミは海やら空を見ていたから目の前に鉄の扉が在る事に気が付かずにへたり込んだようであった。
鉄扉は高い壁に備わったもので、その壁はキミの視界が届き得る先端まで伸びており、どうやらこの扉を開けなければ先に進めないようであった。
その時ふと頭の隅に
ワタシはとても疲れていたようだったが、ちゃんと起きられただろうか。起きてゴミを拾っているだろか。ゴミが無いと夜を越せない。それをワタシは解っているのか。
今更に考えても仕様がない事だと割り切り、キミはドアノブを引いて鉄扉を開けた。
扉の先には同じようで同じではない景色が広がっていた。
まず同じなのは砂浜が白く平らにあると言う事。また、青色の海が
同じではないのは、
一人は喜びの歌を歌いながら。
一人は怒りに叫びながら。
一人は哀しみに膝を折りながら。
一人は楽し気にスキップをしながら。
白い
ぽちゃんと言う音が潮騒に飲み込まれ、それはふよふよと浮きながら沖へ沖へと流れて行く。
もしかするとあの黒いゴミは、この白い塊の成れの果てなのか。キミは瞬時にそう解釈した。
で、あるとするならば、このワタシ達はずっとずっと昔から、キミが夜の寒さに凍えないように、一人一人の感情はどうあれ、投げ続けていたと言う事になる。
あの
キミは砂浜に転がった白い塊を拾い上げた。
キミは
あそこで暮らすワタシの
ワタシが凍えてしまわぬように、海の向こう側に届きますようにと願った。
キミは大きく助走をつけて思い切り白い塊を海へと投げた。
――キミはワタシになった。
白い砂浜、黒いゴミ、キミとワタシと暖炉とスープ 詩一 @serch
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