弊星最後の一年

睦井総史

弊星最後の春

自称進学校と、滅亡へのカウントダウン

「うーーーーーん、参ったな……」

 都内某所。何人ものビジネスマンがラップトップPCを開きながら休憩する昼時のコーヒーショップに、一人の女子高生が項垂れていた。

「おまたせー」

「明日香~~~、マージで何も思いつかないんだけど助けて」

 項垂れていた女子高生、倉敷朱音はトレーを持って下の階から登ってきた三原明日香に泣きつく。二人が着ているどことなく高級感を漂わせる同じデザインの制服は、黒いスーツを着たビジネスマンだらけの空間の中で異彩を放っていた。

 明日香は椅子を引いて朱音の隣の席に座ると、自分のカバンから一枚のプリントを取り出した。ぺらりと乾いた音のするその紙を明日香は一瞥する。

「新星に移住した後の生活の希望を将来の夢に交えて書く、ねえ……まあ確かに高三の私たちが何か月もかけてやるような課題じゃないよね」

「ほんっっっっっとにそれ! ただでさえ移住のゴタゴタで他の世代に比べて受験勉強に割ける時間が少ないのになんでこんなめんどくさい課題やんなきゃいけないのよー、もおぉぉぉぉぉぉ‼」

「まああんま実感ないよねー。この星が滅ぶって十年前から言われてるけどさ」

 明日香はカウンター席の前の窓から空を見上げる。そこには異様に肥大化し、クレーターまではっきりと見えるまでになった月が浮かんでいた。

「精々月がめっちゃでっかく見えるようになってる、ってぐらい?」

『新星に移住』というのは例えばの話ではなく、文字通り地球の滅亡を控えたこの最後の一年に、人類が一斉に新しい星に移住することを指していた。しかし世間は特に混沌とするわけでもなく、いつも通りの日常を一日一日謳歌している。それはこの二人も例外ではなく、始業式に出された七面倒くさい課題に文句を言っているのであった。

「毎週ちょっとずつ進捗を担任に報告して、最終的に移住が始まる夏前までに一万字書き上げて、優秀者はホールで発表、か。ほんとこういうの自称進学校って感じ。だから進学実績がショボくなんのよ」

 学費は高いくせに、と付け加える朱音は、ここに来て初めてトレーの上のサンドイッチに手を伸ばす。

 もぐもぐもぐ。

 今まで喋り倒していた分を回復するかのように黙々と食べ始める朱音。最後の一口を口に入れると、透明のカップに入った白黒の飲み物をストローで一気に吸い上げる。

「っっっはー、やっぱ嫌なことがあったときは甘いものに限るね」

「数年後には酒飲んで同じこと言ってそう」

「やめて‼」

 笑いながら否定する朱音は、思い出したようにふと真面目な顔になる。

「数年後かー。本当に私たちどうなってるんだろう」

「どうって、どういうこと?」

「そりゃあもうほとんど全てよ。今いるこの星が、国が、町が、学校が、このカフェだって全部なくなってるんだよ? そんなの想像しにくいし、私たち人間は新しい星に移住するって言っても、直にその星に下見行ったわけじゃないし」

「まあフツーの引っ越しだったら直接見てから決めるもんねぇ。今頃新しい星でもテラフォーミングはほぼ終わってあとは最終準備をするだけらしいけどね。こないだ公開されたイメージ図めっちゃ綺麗だったし」

「そんなのいくらだって綺麗にできるよ。私はぶっちゃけ新しい生活が不安で不安でしょーがないよ。だから移住後の生活の希望書けとか言われても無理~~~って感じ」

「朱音のそういうとこ、ほんと昔っから変わってないねぇ。まぁ少なくとも私たちの国や町や学校は場所は変わってもなくなるわけではないし、なるようになるよ。大学受験だって向こうで普通に受けさせてもらえるらしいしね」

「大学、かぁ……」

 話題が幾分か現実的で想像しやすいものに変わったが、それでも朱音の不安そうな表情は和らがない。

「明日香は天文学系の志望だっけ。課題もそれで書く感じ?」

「まあ、今のところはそれで書こうと思ってるかなー。東奧大志望なのも、地球惑星科学科があるって理由だしね」

「まあそうだよね。いいなーもう書けるテーマが決まってて」

「って言っても本当にそれくらいしか決まってないよー! テーマだけ決まってるからって一万字も書けるかって言われたらキツいし。朱音はなんかそういう昔から持ってる将来の夢とかないの?」

「ないんだな、それが。いやほんとに」

「朱音も東奥大志望って言ってなかった? てっきりなんかちゃんと志望があるのかと思ってたけど」

 その質問は答えにくい類のものだったようで、朱音は少しどもる。

「うーん、まあ偏差値高いし将来のためにとりあえず目指しとこっかな……的な?」

「そっか」

 何かを隠したような言い方だったが、しかし明日香はそれ以上追及しなかった。

「ありゃ、話してたら結構時間経ってる。じゃーぼちぼち帰ろっか。あんま遅くなるとまた寮監に怒られるし」

「ちょ、ちょっと待って。これ飲んだらすぐ行く!」

 朱音が慌ててカップの中身を飲み干す。

 立ち上がった二人は、トレーを片付け階段を下りて行った。



 ———4月6日 地球滅亡まであと390日

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