東高の端切れ狩りと牛若ガヤさん

 その昔、鎌倉幕府ってのが始まる前くらいの話だっていうから1185いいハコのちょっと前だと思うんだけど、弁慶べんけいという暴れん坊がいたそうだ。弁慶は京都の五条大橋という橋で、自分の強さを試すために刀を1,000本集めていたらしい。「この橋を通りたければ刀を置いていけ。さもなくば力ずくで奪うぞ」なんて言って。


 なんで私が急にそんな事思い出したかって言うと、それは目の前のこれ。


「よう、そこのお前」

「ひっ! なんですか」

「ここを通りたきゃ出すもん出しな」

「えっ、何をですか」


 あー、実物見た事無いけどきっとこれ弁慶のやってた奴じゃん。ってなってるわけです。


「いらねえ布だよ」

「い……いらない布? どういう意味ですか?」


 でもここは京都でも橋でもなく、我が葵東あおいひがし高校の文化部部室棟の1階。もうちょっと具体的に言うと、入り口側の一番端の文芸部の部室前だ。部室棟に入ろうとする生徒がほぼ全員通るのでやかましくて人気の無い、文化部カースト内で言うと最底辺な場所なんだけれども、今日は別の意味で煩い事になっていた。


「どういうもこういうもいらねえ布だよ。余ったやつとか、端切れとかだ」

「ハギレ? 歯切れが悪いとかのですか?」

「ちげーよ。布って言ってんだろ。誤魔化してんじゃねーだろーな。ちょっとジャンプしてみろ」

「そ……それは小銭とかの時では?」

「いいから跳べ」


 部室前では金髪学ランのヤンキーが腕を組み、戸惑う男子生徒を三白眼で睨みつけていた。間違いない。あれは正岡。そして絡まれてるのはワンゲルの惟村これむらくんだ。


 惟村くんはその場でぴょんぴょん跳びながらおどおど周りを見まわし、その目がボーゼンと立っていた私の目と合った。とたんにギンギンに発せられるSOSな信号。ヤバい。なんとかせねば。そこで私は我に返った。あまりに妙な光景に思わず見入ってしまっていたんだけど首をぶるぶると振って気を取り直す。そしてたぶん牛若丸みたいに、正岡と惟村くんとの間に割って入った。知らないけど。


「ちょっと正岡くん、何してんの」

「おっ、部長ブチョーじゃねーか。おせーぞ。見りゃわかるだろ。材料を集めてんだよ」

「いやわかんないけど、なんで材料なんて集めてんの」

「は? なんでってお前、布がなきゃ縫えねーだろ」


 正岡はやれやれと肩を竦めてみせる。こいつは駄目だ。私は惟村くんにゴメンねと謝ると、がしっと正岡の腕をつかんで部室の中へと連行した。


##


「みんなお疲れー」


 部室に入って声をかけると、5人の部員が揃っていた。珍しい。2年の那奈なな笑香えみか、1年のりゅうちゃんにさくらちゃん。そして同じく1年の由希ゆき。これに私と正岡を加えた全7人が手芸部のメンバーと言うことになる。皆はぱっと笑顔でこちらを向いたのだが、隣の正岡を見ると由希以外はあわてて下を向いてしまった。で、ですよね。無理もない。


 でもそんな中ただ一人、由希だけはガッコンと派手な音を立てて席を立つと、必死の形相で駆け寄ってきた。


西ヶ谷ガヤさん! 大丈夫ですか!?」

「えっ大丈夫だけど」

「このヤンキーに何かされてませんか?」

「別にされてないよ」


 惟村くんには何かしてたみたいだけど、というのは黙っておいた。由希はなおも警戒する目で西岡を睨んでいる。まるで必死で飼い主を守ろうとしているワンコのようだ。喉の奥から低い唸り声が出ていても違和感が無い。いい意味で。


「えーっと、心配してくれてたの? ありがとう」


 声をかけると、ぱっと顔が明るくなる。心なしかスカートのおしりあたりにブンブンと大きく振られる尻尾が見えるかのようだ。


 私はそのまま由希に手をひっぱられ、由希の隣の席へと連れていかれた。安全な自分のハウスに戻った由希は、びしっと正岡を指さすと、糾弾するかのように口を開いた。


「さっき、この人が急に入ってきて入部するとか適当な事言って、それで皆からカツアゲしようとしてたんです!」


 正岡の方を見ると、悪びれもせずに空いている椅子へと座っている。それが何か? といった顔だ。私は恐る恐る聞いてみた。


「正岡くん、もしかして皆にもを?」

「ああ、キッチリ挨拶してから聞いてみたんだけどよ、端切れねーかって。でも、誰も目を合わせちゃくれねーし、しまいにゃ涙ぐまれるし、そこの犬っコロみたいな奴には睨まれるしで居ずらくなって廊下に場所変えたんだわ」

「なるほど」


 隣で「犬じゃないですから!」と息まいている由希を宥めつつ頭を整理する。すでに皆もにあっていたようだ。そして、まがりなりにも正岡は皆に挨拶をすませていたようだ。ちょっと意外。


 ともあれ、もう一度きちんとこのヤンキーが何者かを説明しておく必要がありそうだ。ていうか、私も大して知らないんだけど。いい機会なのでいろいろ聞いてみよう。よし。


「じゃあさ、こうしよう。とりあえずいったんちゃんと自己紹介とかやろうよ。みんな、ちょっと聞いて」


 私は座ったまま皆の顔を見回して、正岡の方を手で示した。


「こちらはね、転校生の正岡くん。私と同じクラスだから2年生ね。今日転校してきて、手芸部に入りたいんだって。どんな人かとかは私もぶっちゃけ知らないんだよね。だから正岡くん、もう一回自己紹介とかお願いできる?」


 正岡は特に嫌がりもせず、備え付けのホワイトボードに自分の名前を書き始めた。おお、割と素直じゃん。


「俺は正岡佳郎まさおかよしお、さっき部長が言ってたように2年生だ。字はな。それから正岡って呼ばれるのはあんま好きじゃねーから、できれば別の呼び方にしてくれ」

「どう呼んだらいいの?」

「そうだな。下の名前で。佳郎ヨシオでいいわ。呼び捨てで構わねーぞ」


 意外にフランクな返答だ。


「ヨシオ? ヨッシーとかでもいいわけ?」

「ヨッシーか……」


 正岡は顎に手をやってしばらく考えていたが、眉根を寄せて頷いた。


「まあアリだ。しばらく呼ばれても気が付かねーかもしれねーが、そこは慣れるまで勘弁してくれ」

「「アリなんだ」」


 何人かがボソっとハモって、部室の雰囲気がぱっと明るくなった。こわごわ覗き込むようだった皆も、作業の手を止めて正岡の方を見ている。


「じゃあ、私は佳郎ヨシオ呼びで行くことにするね。あらためてよろしくね、佳郎」

「おう」


 私が率先してぺこりと頭を下げると、皆も「じゃあ佳郎くんで」「佳郎先輩で」と、口々に名前を言っては頷いている。由希もしぶしぶながらといった感じでよろしくお願いしますと挨拶をしていた。


「んじゃこっちの番ね。教室でもちょろっと話したけど、私は部長の西ヶ谷知花にしがやちか。部長って言っても形だけだけどね。お裁縫の腕は全然なの。なにしろこないだ始めたばっかだから。呼び方は適当でいいよ。あー、でもできれば『部長』だけってのは勘弁してほしいかな」

「そうなのか。じゃあ……西ヶ谷だから、ガヤ部長でいいか?」

「うーん。ガヤだけの方が慣れてるから好きだけど、それでいいよ」

「わかった」


 その後、皆順番に名前と学年を告げ、佳郎はいちいちそれに頷いていた。


「わかった。じゃあガヤ部長に望月もちづきさん、小平こだいらさん、りゅうさんに酒井さかいさん、よろしく。あと犬ッコロも」

「なんで私だけ犬ですか!」


 由希が立ち上がって抗議するが、佳郎は全く意に介する様子は無い。


「いやおめーは犬だろどう見ても。小型犬」

たちばな由希! ヒトですー」

「まあまあ、由希ってことで。ね」

「あーわかったわかった。由希な。お手」

「しませんけど!」


 2人の間に割って入ってなんとか収める。それにしても由希が小型犬というのは納得だ。おそらく、由希を除く全員がそう思っているだろう。ともあれ、とりあえずは最初よりは打ち解けられてきてはいるようだ。そこで、そもそもの質問をぶつけてみることにした。


「ところでさ、なんでまた端切れ狩りなんてしてたわけ?」

「端切れ狩り? ああ、さっきのか。人聞きが悪いな。いらねー布がないか聞いてただけだろ」

「どう見てもカツアゲでした!」

「カツアゲじゃねーよ。いらねー布なら捨てても何の問題もねーだろ。だからそれを貰おうとしてただけだ。Win-Winの関係だろ」


 佳郎の言う事もわからなくはないが、その容姿に顔ではとても友好的な交渉とは思えない。パッと見、100%カツアゲだった。ともあれ、彼は彼なりにに聞いて回っていたつもりだったらしい。たぶん、距離感とかいろいろぶっ壊れてる奴なんだろう。でも、一応理由は解った。


「なるほど。それで材料集めって言ってたんだ。でもさー、佳郎のあの態度だったらみんな怖がるに決まってんじゃん」

「そうか? まあそうかもな」

「そうだよ。もうやらないようにね。手芸部が悪の巣窟みたいに思われると困るしさー」

「分かった。別の方法考えるわ」


 佳郎は意外なほど素直に聞き入れた。コイツ、割といい奴なのかもしれない。「別の方法」という不穏ワードはあるけれど。


「うん。そうして。材料無いなら私の持ってる布分けてあげようか?」

「いや、それじゃ駄目なんだ」

「駄目って、なんで?」

「俺の作りたいモンは、余った端切れが必要なんだよ」

「普通の布じゃ駄目なわけ?」

「ああ」


 私は由希と顔を見合わせて首を傾げた。何かよくわからないが、普通の布ではだめらしい。どういうことだろう。すると、笑香がおそるおそるといった感じで手芸本を差し出してきた。


「ひょっとして、これ?」


 笑香が開いて渡してきたページには、パッチワークのクッションや壁掛けが載っていた。雑多な模様の様々な布が少しずつ縫い合わされて、ひとつの形になっている。佳郎はそれを見て頷きかけたが、眉間に皺を寄せて腕組みをした。


「おー! これこれ……、って、あー、近いっちゃ近いけど、俺がやりたいのはパッチワークじゃねーんだよな」

「じゃあ何?」

「俺が作りたいのは」


 佳郎はそこまで言うと、自慢げに胸を逸らす。


「俺が作りたいのは、クレイジーキルトだ」

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放課後はクレイジーキルト 吉岡梅 @uomasa

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