真犯人

 ミキを連れて来た自動車は、凄い勢いで発進し遠ざかる。


 「追いかけなくていいのか?」


 「すぐに捕まるさ。それより俺は佐藤の居場所を教えろと言っただけで、ここに行ってくれとは言ってないが?」


 遊佐は、声を掛けて来た優を睨み付けて言った。


 「そう言われてもねー。ほれ、これをわざわざマンションの前に落として行かれたら、届けるしかないだろう?」


 優は、遊佐にそういいながらミキのスマホをミキに返した。


 「あ、スマホ! ありがとう」


 「ミキって、名字じゃなくて名前なんだな。あ、俺の携番入れておいた」


 「え! 中身みたの? って、入れたって!」


 ミキは、何かあったらすぐにメールが使えるように、ロックを解除してあった事を思い出した。慌てて確認する。

 遠くから、サイレンが聞こえ始めた。


 「それじゃ、退散するわ」


 軽く手を振ると、優と部下は少し離れた場所に停めてあった自動車に乗り込んだ。


 「ミキさん、大丈夫ですか!」


 ヘルメットを脱いだ浅井が、ミキに近づいた。

 今にも抱き着きそうな勢いだ。


 「ま、また浅井さんまで巻き込んでごめんなさい……」


 ミキは大丈夫だと頷くと、そう彼に謝った。


 「た、頼りにしてるって言われたのに、助けに行かないわけないでしょう。って、結局、来ただけで何も出来ませんでしたけど……」


 と、照れながら浅井は言った。


 「いや、助かった。八羽仁が一足先に来ていたが、彼らが来ていなかったら俺達が先に到着してなかったら二人の命はなかったからな。浅井さんを巻き込んだのは、俺だ。危険な事に巻き込んですまない」


 今度は遊佐が謝った。

 浅井は、ブンブンと首を横に振った。


 「ありがとう。しかしこの場所、よくわかったわね。もしかして本当に、八羽仁さんが佐藤さんの居場所を知っていたの?」


 さっきの二人のやり取りから察するとそうなるのだが。


 「僕は、遊佐さんに直ぐに連絡して、その時に遊佐さんが迎えに来て欲しいって言うから一緒に。そうしたら、ここに向かえって言われて……」


 「万が一を考え八羽仁に聞いた。あまり気は進まなかったが、背に腹はかえられないからな。そして、両方の場所に手配をお願いした。この場所の方がしっくりくるから、こちら側に来た。正解でよかった……」


 遊佐の勘が当たったのである。

 最初に電話を掛けて来て言った場所は、誘導先だった。

 ミキが浅井に場所を知らせても言いように、最初から違う場所を伝えていたのだ!


 「ごめんなさい。佐藤さんも浅井さんも助けるのに、これしか思いつかなくって……」


 ミキが素直に謝るも遊佐は険しい顔で言う。


 「君がとった行動は、勇敢ではなく無謀だ」


 「はい……」


 ミキは、俯いて返事をした。


 「でもまあ、君のお蔭で彼は命拾いしたんだがな……」


 遊佐は、隣でまだブルブル震えている佐藤を見て言った。

 そして、ポケットからスマホを取り出し連絡を入れる。


 「遊佐です。こちらは二名います。一人は、逃走中です。……はい。全員無事です。はい。宜しくお願いします」


 遊佐は、電話を切った。


 「逃亡した一名は追跡中だ。もう少ししたら他の者が、ここに着くそうだ」


 「あの……。と、ところでばあちゃんを殺したのって……」


 安堵したのか、佐藤がミキにそう聞いて来た。


 「思い当たらない?」


 ミキが聞くと佐藤は、ブンブンと首を横に振った。


 「じゃ、盗みに入った火曜日にトラックを見なかった?」


 「トラック?」


 佐藤は、ハッとする。


 「そういえば家を出る時、宅配の車が目の前に停まっていた! そいつなのか! 殺したのは!」


 「そうよ。でも、あなたがその日に、盗みに入らなかったら起こらなかった事件よ!」


 佐藤は、ミキの言葉に驚いた顔をする。そして、顔が青ざめていった。


 「もしかして、鍵をしまうところを見ていたのか?」


 「そのようね。彼は、木曜日にあなたを見たと言っていたわ。でも、本当は火曜日。嘘をついたのは、あなたを犯人にする為でしょうね」


 佐藤は、両手を地面につき愕然とする。

 ミキがもう一度向かいの家の佐々木に確認した時、火曜日にも同時刻に飯田は再配に来ていたと証言を得た。

 木曜日に佐藤が史江宅に訪れていないのであれば、木曜日に見たという飯田の証言は嘘だという事になる。その偽証こそ、犯人の証拠なのである。

 ミキは、タクシーに乗る前に浅井に抱き着き場所を伝えた時に、万が一の為に殺人犯の事についても伝えていたのだ!


 「鍵は戻されていなかったし、ドアも施錠されていなかった。郵便受けに隠していたのは予備だったらしく鞄の中にカギはあったから、ミキから話を聞くまでは史江さん本人が犯人を招き入れたと思われていた。今、彼にも聴取しているところだ。ミキの推理が正しければ、そのまま逮捕されるだろう……」


 遊佐がそう付け加えると、佐藤はすみませんでしたと消え去りそうな声で謝った。

 そして……


 「ごめん、ばあちゃん……」


 と、佐藤はボソッと呟いた。


 ほどなくして来た警官に、三倉橋組の二人と佐藤は連行されていった――。



 ○ ○



 その後、飯田と佐藤は素直に自供し、三倉橋組の三人も佐藤の監禁とミキの殺人未遂を認めた。

 佐藤がミキに声を掛けたのは、本人が言っていた通り勘違いからで、カラオケ店から出て暫くしたところで三倉橋組に捕まり、データを渡した事をミキ達に話してしまったと言った為、ミキ達を佐藤を使って脅すために宮の森に行かせた。

 この時、佐藤もこれ以上余計な事を話さないように脅すつもりだった三倉橋組は、佐藤もはめたのである。


 その三倉橋組は、遊佐が来た事で失敗し逃げ出した佐藤から遊佐の事を聞き、ミキが検挙に繋がった女だとわかり、復讐の為に殺そうと作戦を立てた。

 だが、それも失敗に終わった。そして、佐藤を監禁した。

 しかも、八羽仁組の仕業にしようとしたが、その八羽仁にミキが助けられ、手段を選ばすで、手を下す事にしたのだ。


 一方八羽仁組は、逃げ出した佐藤のバックにいる者を探し出し、三倉橋組だと突き止める。

 佐藤の居場所も突き止めたが、助け出す義理はないので放っておいたのであった――。



 ○ ○



 「ミキさん、見て下さいよ! 僕の写真ちゃんと使われてます!」


 浅井が嬉しそうに言うと、ばっとそれが載ったページを開いてミキに見せた。

 そのページは、ミキが書いた見開きで、史江の殺人事件の真相について書かれた記事だった。


 「スクープ取れましたし、一歩前進ですよ!」


 「そうね……」


 「なんか、嬉しそうじゃないですね……」


 浅井にそう言われ、ミキは慌ててニッコリ微笑んだ。


 「嬉しいに決まってるじゃない。これからもスクープ取っていくわよ」


 「はい!」


 浅井は嬉しそうに返事を返し、また記事を眺め始めた。

 ミキは、嬉しさ半分、悔しさ半分だった。


 もし、史江から電話が来た時に行っていれば、もしかしたら出かけなかったかも知れない。そうしたらと……ミキは、思っていた。


 飯田は、窃盗の常習犯で留守宅に忍び込み、少しのお金を盗んでいた。

 一回に盗む金額は一万円以下と決めていて、金額が少なかった為か窃盗に入られたと気づかれずに犯行を重ねていた。

 木曜日、史江が買い物に出かけるのを飯田は、偶然運転手席から見た。そこで、隠して行ったカギで、いつものように盗みに入るが、史江は忘れて物をしたらしく直ぐに戻って来たのである。

 居間で史江と鉢合わせをした飯田は、逃げようとした史江を後ろから手で首を絞め殺害。そして、慌てて逃げだした。


 もし、佐藤がデータを盗みに史江の家に入らなければ……。

 もし、飯田がその佐藤の姿を見ていなければ……。

 もし、自分が少し仕事を抜けて話を聞きに行っていたならば……。

 どれか一つでも違っていたら……。


 ミキは、はぁっと大きなため息をついた。


 「ミキさん……」


 「え? あ、何?」


 浅井に話しかけられ、ボーっとしていたミキは慌てて答えた。


 「電話鳴ってません?」


 「え?」


 鞄からブルブルとスマホが震える音が聞こえる。


 「ありがとう」


 浅井に礼を言うと、スマホを鞄から取り出した。


 「はい……」


 『ミキちゃん!』


 出た途端、甲高い声が聞こえミキはスマホから耳を離した。


 『あ、熊谷よ! 見たわよ、パンドラ!』


 「あ、ありがとうございます」


 熊谷だったかと、ミキは浅井を見た。正確には浅井が持っている雑誌『パンドラ』を見ていた。


 『こちらこそありがとうね。佐藤さんも私も救われたわ。てっきり私、佐藤さんを責めたから詐欺グループ探しをして、そのグループに殺されたかと思っていたわ……』


 ――普通の人がやろうとしても探し出せないし、昨日の今日で探し出したなんて無理でしょう……。


 熊谷の突拍子もない考えに、ミキは驚いた。


 『あ、ちょっと! ……あ、もしもし? 五十嵐です。ミキちゃんすごいわー。ちょっと返しなさいよ!』


 どうやら電話の向こう側で、スマホの取り合いをしているようだ。

 ミキは、可笑しくて笑い出す。


 ――よかった。熊谷さんが元気になって。


 『ほら、笑われちゃったじゃないの! あのね、ミキちゃん。今度サロンの皆で佐藤さんのお別れ会しようって話になったのよ。ミキちゃんも来てくれる? ほらカメラマンの何て名前だったか……』


 「浅井さん?」


 『そうそう! 浅井さんも一緒に』


 「是非。二人で伺いますね」


 『じゃ、日時決まったらまた電話するわね! 仕事中にごめんね』


 「いえ。では。また」


 ミキは、電話を切りスマホをジッと見つめる。

 史江の事は残念だったが、自分の記事で救われたのならよかったと。


 「ミキさん、誰からだったんですか? 何言っているかわからなかったけど、声漏れてましたけど……」


 ミキは嬉しそうに浅井に振り向いた。


 「サッポロンの熊谷さん。元気になったみたい。今度、佐藤さんのお別れ会をサロンでやるから二人で来てですって」


 「そうなんですか!」


 浅井も嬉しそうである。


 「ようし! ドンドンスクープをとるわよ!」


 「はい!」


 二人が意気込んでいると……


 「明日は、二人共休んでいいからな」


 と、支店長の見谷から声が掛かった。

 二人は、驚いて振り向いた。


 「それの代休だ。どうせ電話番ぐらいなんだし、気にせずにゆっくり休め」


 見谷は、浅井が持っている雑誌を指差し、そう言った。


 「え? 電話番!」


 スクープ取ったのに? とミキは思うが、見谷はそれはそれこれはこれと言う顔をしている。

 そして用件は伝えたと、見谷は自分のデスクに戻って行った。


 「何それ……」


 ミキは、少しむくれて言った。

 スクープを一回とったぐらいでは、立ち位置は変わらなかったのである。


 「大丈夫ですよ! スクープになると思ったらさせてくれるんですから!」


 「それもそうね。浅井さんってポジティブなのね。ありがとう」


 「で、明日どうです? タンデムでも」


 「タンデム? あぁバイクでドライブね……。明日はやめておくわ。支店長が言った通りゆっくり休むわ」


 ミキの返事に浅井は、そうですかと残念そうに肩を落とす。


 「まだ、寒いでしょう?」


 「じゃ、暖かくなったら!」


 ミキの言葉に嬉しそうに浅井は返事を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミキって書かせて頂きます! すみ 小桜 @sumitan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ