見切った真実

 ブルルン。

 浅井は、バイクを会社の前に停止させた。

 ミキはバイクを下りると、ヘルメットを浅井に渡す。それを、彼は収納スペースにしまった。


 「僕は、バイクを停めてきますね」


 「えぇ、気を付けてね……」


 ライダージャケットを脱ごうとしたミキの手が止まった。ブーブーとスマホがポケットで鳴ったからである。


 ――電話……?


 ポケットからミキはスマホを出した。


 「電話ですか? 誰から?」


 スマホの画面には、佐藤の文字!

 ミキは、ハッとして電話にでる。


 「……佐藤さんから! もしもし! 佐藤さん! だいじょ……」


 『いいか、よく聞け! 誰にも言わず、一人で前田森林公園までこい。一人でだ! 来なければ、佐藤は明日死体で見つかるかもな。隣にいる彼氏の命もないと思え!』


 それだけ言うと、ぶつっと切れた。

 ミキは、手に持っているスマホをジッと見つめた。


 ――前田森林公園ってどこよ! って、待って私一人?


 「用件は? ミキさん?」


 ミキは、驚いた顔で浅井を見た。

 大きな勘違いをしていた事にミキは気が付いた!

 相手は、佐藤にかかわった二人を殺そうとしていたのではなく、ミキ一人が狙いだった!

 だとしたら、取材は関係ない。しかも、電話が来たタイミングは会社の前についてすぐ。見張られている!


 ミキは、がばっと浅井に抱き着いた。


 「え! ミキさん!」


 「よく、聞いて。犯人は、私一人が狙いだった。場所は、前田森林公園。遊佐さんに伝えて。それと……」


 ミキは、驚く浅井の耳元で囁いた。


 「ごめんね! さようなら!」


 少し大きな声で言うと、ミキは走り出した。


 「え! ミキさん!」


 浅井は、手を上げタクシーを止めて乗り込むミキを茫然と見送った。


 「前田森林公園まで、お願いします!」


 運転手にそう告げ、ミキは、はぁっと大きく息をはいた。


 ――あれで、ごまかせたかしら?


 別れを惜しむ振りをして、伝える方法しか思いつかなかったのである。

 相手が、浅井を彼氏だと思っているのなら通じると思った。


 ブーブー。

 手に持ったスマホが震えた。

 とっさにミキは、電話にでる。


 「もしもし?!」


 『行き場所変更だ。宮の森のマンションにこい』


 それだけ言うと、今回もぶつっと切れた。


 「運転手さん、すみませんが行先変更お願いします……」


 ミキは、慌てて運転手に行先変更を伝えた。


 ――タクシーに乗ったとたん電話が来た。やっぱり見張られていた……。どうしよう。このままじゃ、私も一緒に明日、死体になってるわ……。


 ミキは、両手で自分の腕を抱いて、ぶるっと身震いをする。そして、青ざめた顔で流れゆく景色を眺めていた。



 ○ ○



 「ありがとうございました」


 ミキは、タクシーをマンションの前で降りた。

 いつでも電話に出られるように、片手にスマホを握りしめて、ミキは次の指示を待つ。

 また電話で指示が来るとミキは思っていた。

 きっと見張られている。


 突然、ミキの前に、黒いワゴン車が止まった!

 ミキはハッとするが、男が一人降りて来て、ミキを車の中に引きずり込む。しかも、スマホを叩き落として!

 唯一、自分の居場所の特定できる物が奪われ、ミキは覚悟を決めるしかなかった。


 自動車には、運転手とミキを引きずり込んだ二名しか乗っていなかった。そして、山の奥に入って行く。

 二人はどうみても、堅気には見えない。

 やがて、小さな建物の前に止まった。

 そこに、佐藤ともう一人男が立っているのが見える。


 「降りろ」


 ミキは、言われるまま自動車から降りた。


 「佐藤さん、無事だったんだ。よかった……」


 「な、なんで? 俺なんかどうでもいいだろう?」


 佐藤は、驚いていた。

 三メートルほど離れて、向かい合わせに会話する。

 ここら辺は、外灯がないので日が暮れれば真っ暗だろう。

 助けは来ないかもしれない。


 「そうね。でも、あなたに死なれたら困るのよ。聞きたい事があったから……」


 「聞いても無駄だろう? 記事にする事は出来ない」


 ミキの後ろにいた男がそう言った。

 ミキは、振り向いてその男に言う。


 「それでも知りたいのよ。いいでしょ? それぐらいの時間ちょうだいよ」


 「いいだろう。冥土の土産ってやつだ」


 佐藤側にいる男がそう言った。


 ――冥土の土産って……。今でも使うのね。とりあえず、遊佐さん達を信じて時間稼ぎしなくちゃ……。


 ミキは、緊張でじっとり濡れた手をギュッと握った。

 出来るだけ自然に、時間稼ぎだと気づかれない様にしないといけない。


 「じゃ遠慮なく。佐藤さん、あなた本当に木曜日には史江さんの所には行ってないのよね?」


 「は? 聞きたい事ってそれ? そんな事の為にここに来たのかよ!」


 「そうよ。サッポロンの人達と約束したのよ。犯人を見つけるって!」


 男たち三人は、笑い出した。


 「何を聞くかと思えば……。ほれ、答えてやれよ」


 「行ってない!」


 男に促され、佐藤は叫ぶように答えた。


 「じゃ、犯人確定ね」


 「え! 犯人がわかったのか?」


 「えぇ。でも、残念ながら捕まらないかもね。このままだと、あなたが犯人で書類送検されて終わりでしょう」


 ミキにそう言われ、佐藤は男たちを見渡した。


 「彼らじゃないわよ」


 「は? じゃ、なんであんたを殺そうとしているんだよ!」


 ミキの台詞に佐藤は驚く。

 佐藤は、彼らが必要にミキ達を手に掛けようとするので、てっきり殺したのは、この男たちだと思っていたのである。

 第一発見者が、ミキ達と聞いていたので、何か見てはいけないものをミキ達が見たのではないか。

 佐藤がそう思っても不思議ではない。

 いや、それ以外思いつかないだろう。


 「知りたい?」


 そう言ったのは、ミキだった。


 「ほう。わかっていて、誘いにのったのか?」


 佐藤の側にいる男が鋭い視線をミキに向けた。


 「さっき、やっとわかったわ。佐藤さんは、直接は関係なかったのね……。あなたがたは、私が小樽で解決した事件で逆恨みしてるのよね?」


 「逆恨み? 冗談じゃねぇ! てめいのせいで一気に検挙されたんだ!」


 「やっぱり」


 佐藤は、ミキと男たちの会話が、何の話かわからないという風な顔をしてミキを見た。


 「史江さんが殺される少し前に、殺人事件を遊佐さんと解決したのよ。その時の犯人がその人達、つまり三倉橋組と繋がっていた。あなたのようにデータを渡していたのよ。オレオレ詐欺のではないけどね。彼らが突然捕まったから、逃げようがなかったんでしょう?」


 ミキは、八田はったが、どこにデータを送ろうとしていたか知っていた!

 あの時、二人がデータを送っていた先が、三倉橋組の傘下だった!

 八田達がそんな事になっているのを知らないでいた為、証拠を隠す暇なく検挙されたのだった!


 ミキの説明に佐藤は、ミキが本当に殺人事件に関係なかったのかと驚く。


 「そうさ。こいつから遊佐が来たと聞いてピンと来た。どうせなら八羽仁組が殺したようにしてやろうと思ってな!」


 「それは、いけ好かないなぁ」


 そう後ろから声が聞こえたかと思うと、グイッと引っ張られた。

 遊佐が来たのかと思ってみると、優だった!

 ミキは驚く。


 「なんで……」


 優は、ニヤッとする。

 争う音が聞こえ、ミキが振り向くと、優の部下がミキ側にいた男二人を倒していた!

 その時、ブオーンとバイクの音が聞こえてくる。

 今度はそっちを見るとミキの側に止まり、後ろに乗っていた人物が降りた。そして、ヘルメットを取った。


 「遊佐さん! じゃ、運転しているのって浅井さん?」


 バイクから降りたのは、遊佐だった!

 遊佐からヘルメットを受け取った浅井は頷いた。


 「警察だ! 直ぐに応援も来る!」


 遊佐は、チラッとミキ達をみてから、佐藤の横にいる男に言った。

 ミキ達の足元には、二人の男がぐったりとして倒れている。

 男は、懐から拳銃を出し、佐藤に向けた。


 「よせ! 無駄な事はするな!」


 遊佐が男に言うと、後ろから優は声を掛けた。


 「遊佐、貸そうか?」


 「何を貸すと言っているんだ?」


 振り向かずに、遊佐は聞いた。


 「うーん。手?」


 「結構だ!」


 男は、佐藤を連れてじりじりとミキが連れてこられたワゴン車に近づいて行く。

 そして、乗り込むと佐藤を突き飛ばし、ワゴン車を発進させた!


 「大丈夫か」


 遊佐は、佐藤に近づき声を掛けた。

 佐藤は、座り込みブルブル震えながら頷いた。


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