二時間のカラクリ

 「わざわざご足労頂いて、申し訳ない。どうぞ」


 連れて来られたのは、取調室ではなく、小さな会議室だった。

 長テーブルとパイプ椅子が置いてある。

 一番奥の椅子にミキと浅井は座った。


 「すみません。出来るだけすぐにあの場を離れて、ここに来るように遊佐さんに言われて……」


 座ると同時にすまなそうに浅井が言った。

 それに、静かにミキは頷いた。


 「遊佐から話を聞きました。お二人は八羽仁組に脅されているのではないかと思いまして……。記者だっていう話は聞いています。話せない事もあると思いますが……」


 そう、水上は切り出した。

 ミキは、チラッと遊佐を見る。


 「俺がいると話しづらいなら、席を外すけど?」


 「え? いや、そういう訳じゃ……。なんか、迷惑かけちゃったなって……」


 「そう思うなら、全て話してくれ」


 遊佐は、ジッとミキの目を見て言った。


 「別に八羽仁組に脅されている訳ではないんです。むしろ、相手が八羽仁組を利用してるみたいです……」


 「利用? 何故、そう思いますか?」


 ミキの言葉に、水上は聞いた。


 「私、佐藤史江ふみえさんの孫の佐藤さんに取材したんです。で、その時に彼が、史江さんの名簿のデータをどこかの組に流したっていうような事を言ったので詳しく聞こうと思っていたのですが……」


 「その相手が、八羽仁組じゃないのか?」


 遊佐が言うが、ミキは首を横に振った。

 浅井も違うと一緒に首を振る。


 「違うみたい。私達を八羽仁組に係わらせて、八羽仁組に襲われたように思わせ、私達も八羽仁組もはめようとしているみたいです。ただ……」


 「ただ、何ですか?」


 口ごもるミキに、水上は問う。


 「……何故、そこまでするのかがわからないんです。データの横流しの件は、サッポロンを取材して、もしかしてと思った事なんです。警察だって追えます。私達をつけ狙う理由にしては、弱いと思うんです。他には思い当たらないし……」


 本当に思い当たらなかった。

 八羽仁組との接触だって、佐藤と出会った事で接点が出来た。


 「君の事だから、違う所で恨みを買ったんじゃないのか? 例えば、違う取材でヤクザ絡みはなかったか?」


 ミキは、大きく首を横に振った。


 「それは、絶対にない!」


 「僕もないと思います」


 浅井もミキに賛同した。


 「二人がそう思っているだけで……」


 遊佐が尚も食い下がろうしたが、ミキが首を横に振って話し出す。


 「私がここに……北海道に来たのは、遊佐さんと会ったあの旅行の時なんです。引っ越しがてら、小樽観光をしたんです。だから、こっちで仕事を始めたのはその後。つまり、今回の取材がこっちでの初仕事なんです……」


 ミキの話に、遊佐は驚いていた。


 「変だとは思っていた。君のような記者なら名前ぐらい聞いた事があっても不思議じゃないのにって。そういう事だったか……」


 「なるほど。では、八羽仁組に恨みを持つ組が、君達を利用して八羽仁組をはめようとしているって事か……」


 二人の話に、水上は腕を組みうーんと唸る。


 ――そんな単純じゃないような気もするけど。


 ミキは、何か引っかかっていた。

 そもそも八羽仁組だって何度もはめられたら気づく。そうしたら、逆にやられる可能性があるのに、そんなリスクあるのに何故自分達を? とミキは考えた。

 自分達を殺してもメリットがあるとは思えない。

 殺されるような恨みを買った記憶もない。

 はめようとした相手は誰なのか。

 謎が深まるばかりだった。


 「すみません、課長。ちょっとミキ……若狭さんと二人っきりで話がしたいのですが」


 水上は、遊佐の申し出に頷く。


 「では、浅井さんは、隣の部屋でお話し宜しいですか?」


 「え?」


 心配そうに浅井は、ミキを見た。


 「大丈夫よ」


 ミキは、浅井にそう言って頷いた。

 浅井は、不安げな顔のまま水上について出て行った。


 パタン。

 ドアが閉まったのを確認して、遊佐が口を開く。


 「で、君は何故、八羽仁が住んでいるマンションの近くの公園に行ったんだ?」


 遊佐はミキに聞いた。


 「あー。それは……」


 「君には自覚がないのか? どれだけ危険な行動をしているのか? 浅井さんを巻き込んでる事もわかっているか?」


 遊佐は、腕を組み壁によりかかって、眼鏡の奥から鋭い視線を送る。


 「ごめんなさい。わかってるわ。……私のスマホに八羽仁組に追われてるって佐藤さんから電話が入って。その後すぐに会社に、佐藤さんの件で話があるって電話が来て……」


 「その電話で君は向かったのか? 無謀すぎるだろう? 今回、相手は八羽仁組じゃなかったようだが、普通に考えたら八羽仁組だ! わかってるか? 殺されていてもおかしくないんだぞ!」


 「わかってる。自分がどれだけバカな事をしたのか……。彼に助けてもらわなかったら私達は殺されていた……」


 ミキの声は、最後は震えていた。


 「まて! 今、なんて言った? 殺されかけたのか? 君を助けたのは八羽仁か?」


 涙を溜めた顔を上げ、ミキは遊佐を見た。彼は、心底驚いた顔をしていた。

 ミキは頷くと、涙がこぼれた。


 「ごめんなさい……」


 ミキは声を殺し泣き出した。

 話をしていて、本当に殺させそうになった事がじわじわと現実味を増し、怖くなったのである。


 「大丈夫か?」


 遊佐は、優しく声を掛けそっとハンカチを差し出す。

 ミキは頷き、ハンカチを受け取った。


 「あの、貸だからなと言う言葉は、そういう意味か……」


 遊佐はそう言いつつ、ミキの隣に座った。


 「何か気づいた事は無いか? なんでもいい。殺されかけたのなら、殺人未遂だ」


 ミキは、首を横に振った。


 「私もまさか襲われるとは思ってなくて……」


 「思ってなかったって……。向こうは、そのつもりで呼び出していたんだ」


 そう言って、遊佐は小さくため息をついた。


「そうじゃなくて……。指定時間の二時間も前に行って、隠れて公園に誰が来るか確認しようと思って隠れた途端襲われたのよ」


 ミキが、ハンカチで涙を拭きながら言うと、遊佐は頷いた。

 

 「そこまでは、浅井さんのバイクで行ったんだよな?」


 ミキは頷く。


 「一応、公園の周りを一周したんだけど、人影なかったのよ?」


 遊佐は、難しい顔をして考え込む。


 「二時間の猶予……。普通それだけあれば、警察に張り込んでもらう事もできるな……」


 「え? でも、誰にも言うなって……」


 「それは、大抵言う台詞だ。普通なら今すぐこい、だろう? もしかしたら、会社からつけられていたのかもな。それなら、直ぐに襲える」


 遊佐は、そう推理して話す。


 ――そういえば、車で逃げられたって言っていたっけ?


 ミキはそう、八羽仁組が話していたのを思い出した。


 ミキなら警察に相談する前に、犯人を確定する行動を取るのではないかと、相手はわざと二時間後にした。

 勿論、あの公園にしたのは、優が危惧した通り、八羽仁組が関係しているように見せる為だろう。


 「……今回の取材で思い当たる事がないとしたら、殺害された佐藤史江さんが原因かもしれないな。君達は、第一発見者だろう?」


 遊佐は、また難しい顔でそう言った。


 「たぶん、それはないと思う。私達が発見したのは、殺された次の日よ」


 「……では、君達が第一発見者だって事を知っている人物は? 誰かに話したか?」


 「それは……」


 ミキは、目を泳がす。

 一人だけいるからだ。


 「話したんだな? 誰に話した」


 「史江さんの孫の佐藤さん……」


 遊佐は、深いため息をついた。


 「それでよく、ないと言えるな。君達が襲われたのに佐藤がかかわっているのはわかりきっているだろうが。しかし、あの現場に何があったって言うんだ? 何か隠し持ってきたって事はないだろうな?」


 「しないわよ! そんなこと!」


 ミキは、ムッとして言い返した。


 「それだけ元気になったら大丈夫だな」


 そう言うと、遊佐は立ち上がる。

 ミキは、いつもの調子に戻っていた。


 「課長に話を通してもらって、君達に警備をつけてもらうように手配する。だが、直ぐには無理だからそれまで大人しくしていてくれ」


 「警備って……」


 「誰に狙われているかわからないのだから、暫くそうするしかないだろう。それに、殺人未遂で捜査を進めるから、犯人が捕まるまでの間だ」


 「わかったわ。宜しくお願いします」


 ミキは、立ち上がって遊佐に頭を下げた。

 二人は、部屋の外に出た。水上と浅井はもうそこで待っていた。


 「話はついたか?」


 水上がそう遊佐に話しかけると、彼は頷いた。


 「あの、私達はこれで失礼しても?」


 「あぁ、ご協力ありがとうございました。気を付けてお帰り下さい」


 水上がそう言って、軽く会釈をした。


 「気を付けれよ。絶対に一人になるな! いいな」


 遊佐の言葉にミキは頷いた。


 「浅井さんも狙われているので、外出は控えて下さい」


 水上に言われ、浅井も頷いた。


 「では、失礼します」


 ミキと浅井は、遊佐達に頭を下げ、署を後にした。


 「ミキさん、大丈夫ですか?」


 「大丈夫よ。浅井さん、ごめんなさいね。私のせいで……」


 「ミキさんのせいじゃありませんよ! きっと、警察が犯人を捕まえてくれます! じゃ、会社に戻りましょうか」


 「そうね」


 二人は、不安を胸にバイクで会社に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る