その3

 お通夜の翌日、昼の葬儀も無事に終わり、我々は深町さんの遺体を焼くため、火葬場に向かうバスに乗っていた。


 棺桶に入った深町さんは霊柩車で、我々とは別に向かっている。


 今頃、どんな心境なのだろうか?


 空気を読んで誰も言わないが、生きたまま焼かれるのだ、私が同じ境遇だったら棺桶を飛び出し、逃げ出したくてたまらないだろう。


 そもそも、焼く側だって、生きている人間を火の中に入れるのだ、想像するだけで恐ろしい。


 だが、だくだく法がある限り、それを口に出すわけにはいかない。空気を読まず『生きた人間を火の中に』なんて言えば最後、昨夜の借金取りの様な目か、運が良くても逮捕だ。


「部長、着きましたよ」


 部下の声にハッとする。バスはすでに火葬場の駐車場に停車していた。


 だが、どうする?


 私の心臓はドキドキと慌て始めた。深町さんが燃やされるまで、もう時間がない。

 関係者の方々は、ゾロゾロと建物の中に入っていく。


「おい」


 私は前を歩いていた部下を呼び止めた。


「なんですか?」

「深町さん……本当に燃やされるのか?」


 私は、空気を読んでいないことにはならない言葉を選んで言った。


「当たり前じゃないですか、死んでいるんですから」


 部下は声を全く揺らすことなく答えた。

 私は、前を歩いているこの団体を改めて見渡した。

 この人たち、全員、部下と同じ気持ちで、深町さんが燃やされてもなんとも思わないのだろうか?



「それでは、ご遺体と最後のお別れをお願いします」


 火葬炉の前室で、深町さんの棺桶の蓋が開けられた。


 深町さんはこれから燃やされるというのに、空気を読んで、目を瞑り両手を胸の辺りで合わせた状態で微動だにしない。

 良い頃合いに肌も白い。


 まず、元奥さんと娘さんが空気を読み、泣きながら、深町さんにお別れの言葉をかけている。それに続き、親戚、友人の方達も深町さんの周りに集まり、別れを惜しみ始めた。


 誰か、止める人はいないのか?

 本当は生きている人が、今から燃やされるんだぞ。

 空気を読むことって、そんなに大事なことなのか?


「それでは、蓋を閉めさせていただきます」


 遺族の方々が棺桶から離れ、スタッフが蓋を閉めた。

 娘さんも、涙を流して嗚咽をしているくせに、「止めて!」とは一言も言わないで、「じゃあね、お父さん」とお別れの言葉をボソッと呟いている。


 蓋が閉まり、スタッフは下のストレッチャーを押して、深町さんの入った棺桶を火葬炉の中へと入れ始めた。


「止めろぉ!」


 焦りで、心臓を殴られた様な恐怖から、私は思わず声をあげてしまった。


 それまで泣いていた遺族の人々の涙がサッと引き、一斉に能面のような顔を私のほうに向けて来た。


 それでも私は構わず、彼らを掻き分け、ストレッチャーを押していたスタッフの体を突き飛ばし、深町さんの棺桶を入りかけていた火葬炉から外に出した。


「部長!」


 だくだく法を違反した私に、部下たちが一斉に拳銃を向ける。


「火葬炉へ入れろ! 撃つぞ!」


 部下の脅しにも私は怯まず、棺桶を守る様に立ち塞がった。


「お前たち、正気なのか! 生きてる人が燃やされるんだぞ! 空気を読むことが、そんなに大事なのか!」


 私の訴えを聞いても、遺族たちの表情は一ミリも動かない。全員がコンニャクの様な無表情で私を見つめている。


 私は棺桶の蓋を開け、中で眠っていた深町さんの体を無理やり起こした。

 深町さんは「あのっ」と戸惑った小さい声を挙げたが、構わず、生きた彼をそこにいる人々に晒した。


「見ろ! 深町さんは生きてるんだ! 生きた人を火の中に入れてもいいのか!」


「とりおさえろ!」


 が、抵抗虚しく、私より若い警官たちの取り押さえられ、棺桶の上で身動きが取れなくなった。


 え?


 その時、部下に押さえつけられた私の顔が、深町さんの心臓の部分に当たった。

 深町さんの心臓からは、音も、鼓動も伝わってこなかった。


「深町さん……」


 驚いた私の声に、彼は棺桶に寝そべりながら言った。


「昨日の夜中ぐらいに、もう……出血がやはり止まらなくて……でも、私が蒔いた種ですから……火葬されるまでは、死なずに生きていないと思いまして」

「じゃあ、心臓は」

「とっくに止まっていました。でも、空気を読んで、なんとか今まで生き続けていました」


 深町さんはそう言って、私にニコッと微笑んだ。


「これでやっと、心置きなく死ねます。お巡りさんにはご迷惑をおかけしました」


 棺桶の蓋が再び閉められた。

 私は呆然と、深町さんが入った棺桶が、轟々と燃える火の中へ入っていくのを見送った。

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だくだく法 ポテろんぐ @gahatan

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