第27話 とある大学教授の悩みごと

 窓の外の景色が、すごい勢いで過ぎ去っていく。こんな速度で移動するなんて、前々世ですら滅多に経験できるものではなかった。あるにはあったが、それは個人が自らの操縦で体感することはほぼ不可能なものだった。


 俺は今、かつてない速度で飛法船を走らせている。速さに反してやたら静かなグロセア機関特有のSFじみた駆動音を聞き流しながら、ちらっと見やった速度計が示すは時速約240キロ。いくら前々世の常識が通じない今世とはいえ、街中で出していい速度ではない。

 大陸間移動などの長距離なら、平気で音速を超えるのが現代の飛法船だがな!


 ではなぜ俺が今、そんな非常識なことをしているかというと、原因は大学を出たところから今もなおしつこく隣を並走しようと追いすがってくる、もう一つの飛法船にある。

 その飛法船の甲板で高速に耐えるフィエンの女が、拡声器を片手に叫んだ。


『教授! ホシノ教授、お答えください! 日本の姫君と婚約しておきながら、隠し子がいたという話は本当なのでしょうか!? それとも、別に女の子を囲っていたという噂のほうが真相ですかっ!?』

「何度も違うって言ってるだろうがああぁぁーーっっ!!」


 ……というわけである。そう、俺は今、パパラッチと絶賛カーチェイス中なのだ。

 ここ最近、やたらと連中に絡まれるようになった。その目的はいずれも同じ。すなわち俺の隠し子疑惑についての真偽だ。


 もちろん、俺にそんなものはいない。そもそもその点に関しては、日本皇国の優秀な官僚たちが徹底的に調べて白と断言している上に、ほとんど包み隠さず誰もが閲覧できる形で明らかになっている。その上で順序立てて違うと何度も言ってきたというのに……連中はまったく諦めようとしない。

 その様は、あると勝手に決めつけ、その思い込みを真実にしたくてたまらないとしか思えない。ないということを証明することはできないというのに! 悪魔の証明って概念は、ちゃんと技術白書に書いといたのになぁ!!


 かつて一般人に過ぎなかった俺が、まさかこんな風に追い回される日が来るとは思わなかったよ! 傍目からも面倒だと思ってたけど、当事者になると面倒通り越して暴力に訴えたくなるわ!!

 本当、こういうときのフィエン……ホモ・サピエンスは面倒だ! もうちょっと理性的に物事を考えられないのかよ!! いつの日か、元王太子妃のように事故死しやしないか心配でならないよ!!


 とはいえ、今日ほど過激な追い回しはさすがにこれが初めてだ。どこのマスコミだ? 通報はしといたから覚悟しとけよ、マジで。


 ちなみにSPの皆さんは、大学の周辺で絡んできた大量のマスコミをさばくのに手を取られ、大半が置いてけぼりを食らっている。残った皆さんも、どこからかわいて出てきたやはり大量の報道船を捕まえるためについてこれていない。今追いかけてきているパパラッチは、そこからさらに踏み込んで抜けてきた筋金入りのバカである。


 どうしてこうなった。いや原因ははっきりしてるんだ……。

 少し前に、ヴシル大聖堂で聖地についての報告会をやった。そのとき、同行していたソラルが俺のことを父と呼んだのを聞かれていたのが原因である。

 それを聞いたのはイタリア王国のマリア王女だけだと思っていたんだが……どうやらそうではなかったらしい。いや、彼女が他の人に言ったのかもしれないが、ともかくそこから話が漏れ広がって、ご覧の有様である。


 ネットの匿名掲示板では、皇女と婚約しておきながら隠し子を作っていただとか、いやいや年端も行かぬ少女を囲って親子プレイでハッスルしていたド変態だとか、言いたい放題である。

 もちろん大炎上してる。エゴサする気力があったのは初日だけだよ。今はもう見るどころかアクセスするのも怖いわ。


 まあ、この炎上騒ぎが主にフィエンの間でだけ起きてることだから、前々世に比べればマシなんだろうが……人類の中ではフィエンの人口が一番多いし、そもそも俺の前々世は一般庶民だ。こういうのに慣れてないこともあって、わりとナチュラルにしんどい。


「この事態を収められるいい案はないのか……!」


 操縦桿を動かしながら呟いた、そのとき。

 けたたましいサイレンの音がさらに後方から聞こえてきた。どうやらやっと警察が来たようだ。

 一応過去の判例から、俺が法的に罰されることはないと思うが……法定速度を全力でオーバーランしているのは間違いないので、怒られるくらいはあるかもしれない。



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 結論から言うと、俺たちをとめたお巡りさんたちからは怒りたいという気配はありありと伝わってきたものの、俺の背後に存在する他国の権威を恐れてか、やんわりとした注意に留まった。権威ってすごい。


 ただそれはそれとして、仕事の直後にいらぬ疲労を強いられたおかげで俺はくたくただ。自宅に戻ってすぐ、リビングのソファーに突っぷす。


「マジで疲れた……」

「お疲れ様なのじゃよ」


 そこにミミがやってきて、優しく頭を撫でてくれる。それに乗じて、俺はもぞもぞと動いて膝枕をしてもらう体勢になる。

 ミミはそれを拒むことなく受け入れた。それを認識して、俺は仰向けになって正式に膝枕の状態に移行する。


「あー……どうしたもんかな……」


 そして思わずそんな風にぼやく。

 仕事でもある歴史学のことで取材攻勢を受けるのは大丈夫だが、プライベートのこととなるとやはりかなり堪えるものがある。俺は前世で確かに相当なことをやったが、当時の名声と現代のそれでは差がありすぎる。

 というか、人増えすぎなんだ。俺ごときにはせいぜい百人くらいしか対応できねぇよ……。


「何かフィエンの目をそらすような大きな事件でも起こればええんじゃろがなー」

「それはそれで申し訳ない気分になりそうなんだよなぁ……」


 こういうスキャンダルな話題をかき消すものと言えば、さらなるスキャンダルか、あるいは被害の大きい事件や災害と相場が決まっている。それで逃れるのはなんかちょっと。


 とはいえ名案があるわけでもない。俺からできることは現状ほとんどやってるし、これ以上何かするとなると……。


「学芸国から、あの子のことを発表させるわけにはいかんのかの?」

「それをしたらそれこそえらいことになるぞ……。神話時代の人間が現代にいるとか、宗教界はもちろん歴史学会だって大騒ぎになるし、ヴシルだって黙ってないだろ。何より不老不死を目指す魔術・科学界隈がどういう反応をすることか……」

「まあ、そうじゃよなぁ……」


 あの子の正体は、実のところ学芸国のごくごく一部の人間は知っている。あの子が眠っていた遺跡の一角の封印を解くため、一族のコネで学芸国のトップたちに協力してもらったからな。

 しかしそのトップたちのほとんどが、ソラルの真実を公表することには後ろ向きだ。俺が自分で言った通り理由は色々あるが、というか色々しかなく、恐らく公表したらそのすべてが一斉に表面化する可能性が高いんだよなぁ。あちこちに飛び火しまくって、全学会大炎上とか普通にあり得る。


 個人的には歴史の謎だけでも表に出せないのかとも思うが、なんと言っても歴史のあちこちで色んなことをやらかしてきた娘だ。職業柄、大まかでもその全容を知っている上に、実の親でもあった俺ですら何が飛び出てくるか……まったく想像もできないんだよなぁ。


 まったく、何をどうするのが正解なんだろうか。俺程度の頭では思いつかん。何をしても裏目に出てしまいそうですごい怖い。


 一応、一番無難なのはソラルを俺の養子として世間に認知させることか……。孤児を拾ったとかなんとか、そんな感じで。

 問題はその孤児が出てきそうな環境が俺の今までの行動範囲にないってことと、ソラル自身が養子という立場を嫌がっていることか。やはり実の子じゃないと嫌なんだろうか。俺にはよくわからないが……本人が嫌と言っているなら無理に押し通すわけにもいかない。


 俺たちは、ほとんど同時にため息をついた。


 ついたところで、


「お父をこんな目に遭わせたやつは爆破するです……」

「待て待て待て待て!!」


 据わった目を隠すことなく、物騒なマナリウムをたぎらせる娘の姿が視界に飛び込んできたので、大慌てではね起きる。


 この子はなぜこうも発想が物騒なのか! 親の顔が……ってこのネタはもうやったな!


「いかんぞソラル、それはやってはいかんことじゃぞ!」

「そうだぞ、そんな身勝手に人を害したらダメだからな」


 ミミと二人がかりで説得にかかったものの、ソラルはまったく理解できていない顔できょとんとしている。


「お父は身勝手に害されたんだから、同じ目に遭わせるべきではないです?」

「よしわかった、お前さては倫理観が古代のままだな!? 具体的には戦国時代くらいの!!」


 かつて前々世の日本には、「舐められたら殺す」が普通の倫理観だった蛮族の時代があったが、そういう物騒な価値観は社会が救える数に多大な制限があった時代だからこそだと俺は思っている。似たような感覚は大なり小なり他の地域にもあったし。

 だから、多少違えど前々世とさほど生物的に大差ない生物であるエルフも、同じ状況なら似たような環境を構築するというのが俺の持論であり、古代末期から古典初期の間に横たわる数百年間の戦国時代の倫理観が物騒なのも、無理はないとも思っているわけだが……。


 何万年も生き抜いてきたこの娘の発想が、そこから進歩していないのは一体どういうわけなんだ。

 それともあれか、この子が師匠と呼ぶヤバげなババアの影響なのか? だとしたら俺はそのババアに最低限の礼儀として、アルゼンチンバックブリーカーの一つくらいはかましてやらねばならんところだが……。


 くっ、だがともかく、今はなんとかしてこの子の興味を殺意から別のところに逸らさないと……そうだ!


「そ……そうだ、そうだぞソラル、前に言っていたテシュミの件はどうなったんだ? 見つかったのか?」

「! そうそう、それですそれです。今日はその報告があったですよ」

「おお! 朗報を期待していいのかな!?」


 どうやら方向転換はうまく行ったらしい。ソラルからマナリウムの奔流が消えて、いつものあどけない様子に戻った。

 それを見て、俺もミミも、同時にほっと息を(もちろんこっそり)ついたのは言うまでもない。


「……ええと、お父もお母も、驚かないで聞いてほしいですけど……」

「うんうん、聞くとも聞くとも」

「うむ、そういうことなら正座して聞かんとな」


 ということで、ソラルの前で二人して正座する。


「テシュミのお母、見つかったです。たぶん間違いないはずです」

「マジか!? 朗報も朗報じゃねえか!」

「おおー! 今日はパーティじゃなー!」

「……うーん、どうですかね。ていうのもですね、ちょっと難しいところで見つかったですよ……」


 喜んだのもつかの間、ソラルが難しい顔をした。


 誰よりも魔術を使いこなすこの娘がそう言うということは、まさか人間以外に転生してるとか……?

 俺は思わずそう考えて、ごくりと唾を嚥下したのだが……。


「テシュミのお母、なんとヴシルマスターの一人だったですよ……」

「……え?」

「なん、じゃと……?」


 飛び出てきたその言葉に、俺とミミはお互いの耳を疑うことになった。

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確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども! ひさなぽぴー/天野緋真 @hisanapopie

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