実を結び、なお未完の夢へ
高速道路を使って片道二時間程度の旅でも、狭い車中で弾んだ会話はとても濃密な時間に感じられ、四人の距離はグッと縮まった印象があった。
運転する尊と、助手席に座った双枝。
後部座席に隣り合って座った敬と双葉。
出発時にはコンパ、到着時にはダブルデートの様相を呈しており、特に後部座席の二人は現地の観光案内を身を寄せ合って意見を交わし盛り上がっていた。
姉妹は互いに敬へ恋心を抱いていることは気付いており、互いに遠慮していた。しかしここにきて尊が現れ、均衡が崩れていたところを隣席となったことで、慎重派の双葉としては意外なほど積極的な会話で敬の気を惹いていた。
その思惑を感じ取った双枝は、普段ならちょっかいを出しているところだ。
だが双枝の視線と意識は、運転席の尊にのみ向いていた。
会話の中で、尊が【Sunny Orange Sisters】の名付け親であったことを知り感激する双枝は、業界の未来を好転させるためのアイデアを披露し、尊の興味を惹いた。
盛り上がる中で、タウン誌内に双枝のアイデアを元にしたコラムを連載したいとの申し入れがあり、二つ返事で了承。活き活きと弾ける笑顔に尊もすっかり心を奪われており、ファンの深度が一気に深まっていった。
先に沼浦で昼食とし、海鮮料理に舌鼓を打つ。
双葉がアニメアイドルのグッズをいくつか物色し、舞台となった街の景色を車窓で眺めながら、もえしょくプロジェクト本部を訪問。
過去の実績を基にしたキャラクターの活用方法を教えてもらい、公募の仮契約まで済ませて車に乗り込んだ頃にはすっかり日が傾いており、敬と双葉が話し合っていた旅行のプランはほぼ達成が不可能な時間となっていた。
そもそも主にプランを練っていた双葉は車に乗り込んで少ししたら船を漕ぎ始め、高速道路に入る頃には敬の膝で寝息を立てていた。
膝上を占拠された敬は嫌がる素振りは微塵も見せず、猫を可愛がる風に優しい手付きで髪を撫でている。それを夢見心地で受けている双葉は、くすぐったそうにむにゃむにゃと声を漏らす。
敬を占領されてしまった格好の双枝だったが、文句は一つも漏らすことなく、幸せな夢の中にいるであろう双葉を起こさないよう静かに見守っていた。
δ δ δ
尊の提案でコラムを連載することになった双枝は、最初の打ち合わせとなった日の夕食に誘い、お付き合いを申し入れた。
尊は編集者として情熱を傾けてきたため、学生時代以来は男女の交際に縁がなく、社会人になってからはお誘いも断ってきたことを先に告げられた。
そのため断られるのを一瞬覚悟した双枝だったが、編集者として以外に情熱を向けられる女性を見つけられた気がするので、こちらこそ是非付き合ってほしいと逆にプロポーズされる結果となった。
帰宅するなり、双枝は尊とお付き合いを始めたことを双葉に伝えた。自慢するのではなく、大切なことを家族に伝える真剣な口調だった。
双葉も真剣な顔で受け止め、頑張ってねと返した。
そして、覚悟は決まった様子で席を立つ。
δ δ δ
異例となる双子同士のカップルは、やがて尊の右腕として働いてる女性記者の手によって記事が組まれた。当然、編集長の尊は渋い表情で採用を見送ろうとしたが、女性記者の強烈な押しに負けた格好だ。
インタビュー直後の双枝に対してその女性記者は、尊を狙っていたのに取られてしまったと嘆いてみせたが、すぐさま私も応援しますからと激励された。双枝はその勢いに呼応するように、絶対に幸せにしますからと答えた。
もう結婚は決まっているかのような発言に、掲載された記事は地元の女性たちに現実のラブロマンスエピソードとして好評を博す。
約半年後に、公募し決定したキャラクターが納品された。
姉妹の特徴が可愛らしくデフォルメされ、二次元のキャラクターとして見事に消化されているデザインに満足する双枝と、まるで例のアニメアイドルのような姿となった自身に感激のあまりグッズ化を熱望する双葉だった。
目標とする一万カートンは一シーズンだけで出荷する事は叶わなかったが、自家農園だけではなく他の多くの農園からも使用したいとの申し入れがあったおかげで順調に流通していった。所詮はごく一部の地域でしか知られていない存在だからと他県への進出まではさすがの双枝も期待していなかったが、通販で見つけてくれた遠方のローカルアイドルファンが買ってくれたのを知ると感激のあまり笑顔に涙が浮かんだ。
売り上げが大幅に改善したわけではない。
この流れでこの業界に興味を持ち、関連業務に従事を志望してくれる若者が増えるかどうかはまだわからない。
だが、大きな一歩を踏み込めた実感があった。
私達の愛するこの業界をもっと知ってもらいたい。
愛されたい――その根源の欲求が満たされた実感があったからだ。
δ δ δ
尊と双枝。
敬と双葉。
共に交際開始から約一年後、四人で始めてした旅の記憶が思い出される季節に揃って結婚式が挙げられた。
双枝は引き続き実家の農園を切り盛りし、双葉は敬と共に沼浦へと引っ越して武者修行をすることになった。他の農園や産地でどのような手法や思想があるのかを調査する目的が大きかったが、双葉のことだからそれだけが理由ではないだろう。
アイドル生命は一般に短いと言われる。時代と共に移ろい、一過性の話題として消費され、すぐに次の対抗馬が現れる競争力が激しい世界だからだ。
けれどもこの姉妹が目指すアイドル像は、地域に根ざし、長く愛されるマスコットキャラクターとしての姿。熱量を失わずに努力を続け、時代の変化に乗っていく逞しさが必要とされるのは、どんな業界でも変わらず要求されることだ。
姉妹はやがて年齢を重ね、美しさを失ってしまうかもしれない。
しかし、自分たちの特技である笑顔を絶やさず、いつまでも可愛らしくあり続けてくれるキャラクターに想いを乗せ、業界を盛り上げていくことは出来る。
挑戦はまだ始まったばかりだ。
太陽のように輝く笑顔で、業界を照らしてみせよう。
姉妹の誓いは、やがて大きな実に育って、輝かしい成果をもたらすはずだ。
Sunny Orange Sisters サダめいと @sadameito
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