助けて、みかんアイドル!

 意図せずアイドルのような人気を獲得することとなった姉妹は、喜びではなく戸惑いの日々を迎えていた。

 人気と言ってもローカルの範囲を超えるものではなく、取材の回数はひとつの波が過ぎたらそれほどでもなくなった。県内のテレビ局に話題の人として出演する程度の露出はあったが、定期的な出演を依頼されるようなこともない。

 農家としての業務に支障を来すほどではなかった。


 しかし、姉妹の心を揺り動かすには十分すぎる効果を与えていた。

 ちやほやされて舞い上がった期待は、双枝が持っている願望を実現する糧となるのか、双葉が持っている現実主義の足枷となるのか、姉妹の価値観の差は更なる断絶を引き起こして溝は深まるばかりのようだった。


「今こそみかん箱に二人のイラストを描いて売り出すべきよ! この人気っぷりなら一万カートンは見込めると思うんだけど」

「絶対そんなの売れ残るって! 双枝って現実見えなさすぎでしょ」


 世間一般では仲良し姉妹のイメージが出来つつあるが、農園の狭い世界では相変わらずの犬猿関係を繰り広げている。

 もうすっかり慣らされてしまった敬は、なだめるように提案をする。


「せっかくですからアンケートを取ってみませんか?」

「「アンケート?」」


 姉妹の返答が見事にハモる。こんなに似ていない性格をしていても双子だと確信できる瞬間だ。

 微笑ましい瞬間に立ち会えたおかげで、わずかながら笑顔を取り戻した敬は言葉を続ける。


「タウン誌でイメージイラストを載せて、このみかん箱があったら買いたいかどうかのアンケートを読者投稿してもらうんです。ある程度の応募数があれば見込みが立ちますし、好評なようなら予約も受け付けられるでしょう」

「「そんなことできるの!?」」


 これまた見事なハモリっぷり。敬はもう満面の笑みになっていた。


「僕の兄が編集長をやっているタウン誌があるんです。名前はたけるって言うんですが、尊もお二人のファンだと言っていますからきっと二つ返事で扱ってくれますよ」

「行きましょう」


 双枝が今すぐにでも会いに行こうと、敬の手を取り引っ張る。それを見た双葉は呆れ顔でいさめる。


「ちゃんとアポ取ってからにしようよ。いきなり押しかけてもお邪魔なだけだよ」


 社会人らしいごもっともな、常識人らしい意見を述べる双葉だったが、珍しく興奮した様子を隠せてはいない。心中ではアポさえ取れればすぐにでも出向くと言いたがっているのは明白だった。


「ではアポを取ってきますね。空いているスケジュールで一番早い枠にしますので」


 期待させただけに精一杯応えたい。敬には使命感と共に、姉妹の熱量に当てられたかのような興奮の色も浮かび上がっていた。


δ δ δ


 提案の翌日、早くもその機会は訪れた。


 姉妹と敬の三人は、尊が勤める市内の出版社にやって来た。地域の情報を扱うだけに姉妹の認知率も高いようで、すれ違う社員達からは「応援してます」と声を掛けてくれる者もいた。


 敬が編集室の入口から中に向かって声を掛けると、近くの社員は一瞬驚いたような反応を見せてから、ややあって応接間に通される。


「はじめまして」


 やってきた男性は発言とは裏腹に、はじめましての顔ではなかった。

 いや、実際にはその通りなのだけれど、判断はできなかった。

 着ている服を除けば、敬と同一人物としか思えなかったからだ。


「ははっ、お二人のどちらがどちらの方なのか迷ってしまいそうですね」


 尊の言葉をそっくりそのまま言い返したいと姉妹揃って考えながら。

 実際に口から出てくる言葉は違っていた。


「私が双枝です。私達の人気がどれほどなのか、アンケートで問いたいんです」

「私は双葉です。夢ばかり見ている双枝にアンケート結果で現実を見せてやりたいんです」


 出鼻を挫くような双葉の言葉を受けて双枝の表情が歪み、今にも物理的に噛み付きそうになってしまう。せっかくファッション性の高い服を身に着け、可愛らしい容姿になっているというのに台無しだ。


「読者アンケートの実施ですね。はい、敬から概要は聞いています。こちらこそ、今注目のローカルアイドル候補であるお二人の特集を組みたいと思っていたところなんで、その申し出は歓迎です。特集の末尾に設けましょう」


 敬の根回しもあったおかげか、既に内々で決まっていたかのようだった。

 さらに、懸念すべき事柄についても解決策が用意されていた。


「お二人のイラスト化はまだ担当者候補が決まっていないようですので、もえしょくプロジェクトさんで公募したいと考えています」

「勤めていた百貨店に入っているお茶屋さんが、公募で決まったキャラクターをパッケージに採用したところ、若い顧客の新規開拓に成果が出ているらしくて、一からイラストレーターさんを探すよりは手間もコストも省けると思うからちょうどいいのかなって思って、僕から提案してみたんだ」


 そう説明する敬の用意周到さに感激の吐息を漏らすしか無い姉妹であった。


「もえしょくプロジェクトさんは県東部に本部があるそうだから、近々立ち寄って打ち合わせしてこようと思っています」

「ご一緒してもよろしいですか?」


 即断即決。積極性なら負けない自負がある双枝が、尊の言葉を聞くやいなや同行を申し出ていた。

 この流れならば双葉は止めに入るだろう――


「県東部に行かれるのでしたら、沼浦にも寄っていただくことは出来ますでしょうか? でしたら私もぜひご一緒したいのですが……」


 沼浦――県東部の、ある架空アイドルが活躍するアニメの舞台になった地。

 双枝のみかん箱デザイン改造計画を打ち明けられてからその話題について調べ、パッケージイラストとなっている架空アイドルの笑顔を見て魅了された双葉は、今ではすっかり熱心なファンとなっていて、関連グッズを双枝にバレないようこっそりと買い漁るオタクと化していたのだった。

 おずおずと打ち明ける双葉の様子に双枝は気付いてこそいなかったが、すぐさまその可能性に思い至っていた。ダテに二十七年間も双子をやっていないのだ。


「でしたら四人でのちょっとした旅行になりそうですね。ご両親には僕からも休暇をいただけるようお願いしますので」


 仕掛け人の敬は満足そうな顔で旅行の手配に向け動き出すのだった。

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