Sunny Orange Sisters

サダめいと

みかん農家のS・O・S

 日本有数の規模を誇る汽水湖の北に位置する山あいに抱かれる三ヶ月町。

 県内を代表する「みかん」の生産地として知られ、そのブランドは県内に留まらず、周辺の広い地域にて親しまれており、高い評価を受けて久しい。


 冬を代表する果物として、こたつの上の必需品であり続ける「みかん」は、需要にかげりを見せることなく今後も広い世代に愛され続けることだろう。


 その事実だけを捉えれば何の心配も憂慮もいらない。そう思える。

 しかし確実に、産業は衰退の足音を立てていた。


 地方の町の過疎化と、農家を志し従事する人の減少。それらの相乗効果による人手不足と高齢化によって、産業の未来に重苦しい暗闇が立ち込めてきている。需要が維持されているかどうかなど関係なしに危機は迫ってきているのだ。


δ δ δ


 立ち込めた暗雲を振り払うかのように、明るく元気に笑いを振りまく二人の若いみかん農家の女性がいる。それほど広くはない三ヶ月町においては知らぬ人のいない名物姉妹だ。地元の誰からも愛され、アイドルのような扱いを受けている。


 ただしその二人は、器量よりも愛嬌が勝ちすぎているようではあった。仕方ないだろう、農家の娘として育てられ、お家のためと一生懸命に手伝い続けることしかしてこなかった二人には、化粧をして着飾る暇など無く、興味を持つ機会すらなかったのだから。


 二十七歳にして化粧っ気の欠片もない顔は、子供の頃から太陽に照らされ続けてこんがりと健康的に焼けていて、残念なことに焼けすぎて荒れ放題なくらいだった。

 姉妹のトレードマークである笑顔がなければ、どれだけ老けて見られてしまうことだろうか。


 姉妹は双子だった。顔も驚くほどそっくりで、どちらが姉でどちらが妹か見知った知人ですら間違うこともあるほどだ。仲良く家業を継ぎ、仲良く仕事を続け、仲良く日に焼けた顔を荒れ放題にしている。


 仲の良い姉妹。地元の誰もがそう思っていた。

 ――姉妹に近しい人を除いては。


双枝ふたえが勝手に約束を押し付けたんじゃないの!」

双葉ふたばが後から誘ったんでしょ!」


 姉の双枝と、妹の双葉が今日も仲良く口喧嘩をしていた。姉と妹と言っても同日生まれだから二人には上下関係の存在など微塵もなく、法的に決められた姉と妹という肩書があるだけとの認識でしかなく、それだけに物言いには一切の遠慮もなかった。


 地元の高校を卒業するまでは、名実共に本人たちすら公認する仲良し姉妹として知られていた二人が揃って家業を継いでから、徐々に溝が広がっていくように口喧嘩する間柄となっていき、第三者の目が無い場所では毎日こんな調子で喚いていた。


 顔もそっくりな双子ではあるものの、性格は全く似ていなかった。

 思い立ったが吉日スタイルでどんどん物事を決めていく双枝と、慎重に熟考してから確実な手段だけを取ろうとする双葉。

 先行はするものの失敗もしでかす双枝の方針に冷ややかな態度を示す双葉と、機が熟すのを待っているようで腐るまで待ち続けて機会損失してしまう双葉の方針に嘆きを隠さない双枝。実家を継いでくれた二人に両親は大いに喜んだものの、二人ともちぐはぐな選択をしてしまっている現状に頭を抱えていた。


 県の東部にあるみかん産地で、ダンボール箱のデザインに地元が舞台となった人気アニメの女性アイドルの絵を付けたところ、販売数が例年の倍増となったという明るいニュースが飛び込んできた時には、ぜひこの流れに追従して私達をデフォルメした絵を描いてもらって限定流通させようと提案した双枝に対して、地元でしか知られていない上にアニメの美少女のように可愛くない二人を描いたダンボールのどこに需要があるのかと断言して現状維持を看過することになった双葉の意見の対立により、昔ながらの「ちょっと目が怖い」と評判のキャラクターが未だにダンボールで笑顔を振りまき続けている。


 過去の話はともかくとして、現在の二人が火花を散らしているのは他でもない、恋愛の相手についてだった。

 双子なのに性格が似ていない姉妹は、あろうことか男性の趣味は一致していたのようで、同じ男性に恋心を抱き、それぞれのやり方でアプローチをしている。


 その男性とは一ヶ月ほど前、姉妹が地元の特使としてPR活動に訪れた市民だよりの取材で出会った。

 地元の脱サラ系農家志望者の一人であった男性は、縁あって同席していた姉妹の取材を間近で見て、姉妹の一家が経営する農園に勤める決心を固めたようで、熱心に自分の所信表明を行っていた。

 その熱意に二人共感銘を受け、両親の同意を得る前に許可を出そうかと思いはじめていた時に発せられた、彼の決めゼリフが姉妹の心に深々と突き刺さった。


「お二人の笑顔がとてもステキでしたので、そんなお二人と一緒に働きたいと思いました!」


 二人揃って高校時代を境として縁遠くなっていた同年代の男性から、もはや唯一残された女性としての武器と言えそうな笑顔をステキだと褒めちぎられたのだから、恋に落ちてしまうのも無理はないだろう。

 しかも、これからは家族同様に自家農園で働くというのだから、これほどのお膳立ては夢のようですらある。鴨が葱を背負って来たようなものだ。

 汚らしい言い回しではあるが、恋愛沙汰に飢えきった姉妹にとって彼の存在は御馳走に見えた。


 かくしてこの一ヶ月、姉妹は互いにどちらが出し抜いて彼のハートをゲットするかで言い争ってばかりいるのだった。

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