五杯目
そういえば、藤田さんのお爺さんはどうなったのだろう。彼は、孫の小説を読めただろうか。考え事をしていると私達以外は皆いない家に、電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「こんな時に電話?」
「出ると良いと思いますよ」
「どうしてですか、月村さん」
「それは、出ればわかります」
含み笑いを浮かべる月村さんは質問に答えるつもりはないらしく、藤田さんは仕方なく言われた通りに電話に出ることにした。
「はい、藤田です」
電話の内容は私達には聞こえないが、何やら話し込んでいるようだった。
「じいちゃん。俺、作家になったんだ……」
藤田さんのそんな言葉が聞こえてきて、私は察した。彼のお爺さんは、孫からの知らせを聞く前に亡くなってしまった。多分、この電話がそういった内容なのだろう。
「うん。ありがとう、じいちゃん……」
それからいくつか言葉を交わしてから藤田さんは受話器を置き、その場に膝から崩れ落ちた。彼はただ泣いていた。今まで堰き止めていた栓が取れたかのように、声を上げて涙を流していた。
「よければ、使ってください」
私は泣いている彼に、持っていたハンカチを差し出した。
「ありがとうございます……」
そのハンカチを受け取り、彼は目元を拭いた。
「祖父の命日は、丁度この日だったんです…… 私が賞を取った、この日……」
「そうだったんですね……」
「帰ってきたときには、もう祖父は亡くなっていました…… 両親は仕事で連絡が付かず、病院の電話に出たときにはもう……」
その時私は、月村さんの言葉を思い出した。「本当に後悔していること」藤田さんは作家の仕事に自信が持てなくて、本当に好きなのか知りたいと言っていた。作家は孤独だと、聞いたことがある。恐らく、彼もそうだったのだろう。
「昔から物語を書くのが好きで、出来上がったものをよく祖父に読んでもらっていたんです。両親には公務員を目指せと言われてましたが、祖父だけは違ってました。私の作った物語を誉めてくれて、私なら作家になれると応援してくれました」
やっぱり作家は孤独なのだと思った。自分の両親にすら理解されない職なのだと。そんな彼の支えは、応援してくれていた祖父だっただろう。だけども、その祖父は公募の結果が出た日に亡くなってしまった。
「辛かったですよ、祖父が亡くなって。だけど、後にも戻れなくて。それからは大変でした……」
高校生で作家となった藤田さん。勉強と執筆とに追われ、親からも色々と小言を言われたと話してくれた。
「話している途中で申し訳ないのですが、続きは店に戻ってからにしましょうか」
月村さんに声をかけられ辺りを見回すと、景色が若干揺らいでいた。元の場所に戻るようだと、私は自然と感じていた。
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