四杯目
家の中へと入って直ぐのとこには居間があり、右側に一部屋と居間の奥に台所や浴室といった水周りで、その右側に一部屋という構造になっていた。彼は四人家族の長男で、五つ離れた弟がいるそうだ。だが、弟のには個人の部屋があるのに、藤田さんには無かったのだという。
「高校生にもなって、今どき親と一緒に寝るのもどうかと思ってたんですけどね。まあ、私よりも弟の方が可愛がられてたからですね……」
その言葉が私の胸に刺さった。姉より可愛がられる弟。それが、私の家での生活だった。藤田さんの話を聞いて、彼と自分の家庭とが重なり余計に苦しかった。
「誰もいないということは、多分平日なのでしょうか?」
「多分そうだと思う」
台所に掛けてあった時計に日付が表示されていたので、今日の日付と曜日を確認することができた。月村さんの予想通り平日で、お昼くらいになろうとしていた。私達は藤田さんが普段作業しているという、家族の寝室へと入ってみることにした。
「ここが私の作業していた場所です」
六畳ほどの寝室の端の方に置かれたローテーブルに、その奥に並ぶ四段の本棚が二つ。テーブルの上にはノートパソコンとノートがいくつか置かれており、そこが作業場の全部なんだと私は思った。
「いつも床に座って、パソコンにひたすら文章を打ち込んでいたり、本を読んでいたりしました」
「それは大変でしたね」
「はい」
「ところで、このカレンダーに付けられている赤い印は何でしょうか?」
「この日は…… あっ」
月村さんに言われて確認した藤田さんは、印の付いている日を確認して何かを思い出したようだった。「どうかしました?」と月村さんが尋ねるとハッとしてから、私達に印の意味を教えてくれた。赤い印は結果発表の日だったらしく、忘れないようにそういう風にしていたのだという。
「今日は、初めて応募した小説の大賞の結果の出る日だった」
「なるほど。そうでしたか」
「応募するのも長編を書いたのも、全部初めてだったんです。それまでは、何となく頭の中に出てくる文章をまとめるだけで、形にすることはあまりなかったので」
「何であなたは、ペンを握ろうと思ったのですか?」
確か少し不思議だ。今までも小説として何かしらの形にする機会はあったはずだが、彼はそれをしなかった。なのに、公募に小説送った。
「小説が大好きだった、祖父が病に倒れたのです。家族の中では唯一、話の合う人でした。だから、私は祖父に何か送りたかった」
「それで、小説を書くことにしたのですね」
「はい」
大好きな祖父への贈り物としての小説。きっと彼は、自分が書いたものを祖父と一緒に沢山話し合いたかったのだろう。藤田さんの寂しそうな横顔が、私にはそう語っている気がしていた。
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