喫茶店「風鈴堂」の珈琲

樫吾春樹

プロローグ

 ゆったりとした音楽の流れるアンティーク調の店内に、珈琲の香りと豆を挽く音が響いている。カウンター席が五席と、四人組用のテーブル席が三組。そのどこもに人は座っておらず、カウンター机の奥に店主らしき男性が一人いるだけだった。店内の壁際には文庫本が六段ほど収まる高さの本棚が並んでおり、中には様々な文庫本が隙間なく入れられていた。


 ふと、店内に響いていた音が鳴り止み、今度は違う音が聞こえてきた。男性は珈琲を挽き終わり、自分が飲む分を淹れる準備をしていた。サイフォンのフラスコに一杯分の水を入れ、それを火の点いたアルコールランプの上に設置し、フラスコの中の水を沸騰させる。待っている間にロートの中へ一杯分の珈琲の粉を入れて水が沸騰してから、フラスコに珈琲粉を入れたロートを差し込み、お湯がそれを伝って上にあるロートへと上昇してくる。そして竹べらを取り出し、お湯と珈琲粉が馴染むように混ぜて火を弱くしてから、もう一度竹べらで混ぜてからフラスコに珈琲が落ち切るのを待っている。落ち切ったを見てから男性はカップに注ぎ、出来立ての珈琲の香りを楽しんでから一口飲んだ。


「今日も良い出来だ」


 口に運んだカップを優雅な仕草でソーサ―へと一度戻し、男性はぽつりと一言そう溢した。緑の瞳に黒縁眼鏡をかけ、眼鏡と同じ黒色の髪は短く整えられていて、彼が美形と呼ばれる分類に含まれるということがわかる。手足もスラっと伸びており、茶色いワイシャツと黒いズボンがそれを余計に強調させた。その姿から日本人には見えないが、このアンティーク調な店内に彼はとても馴染んでいた。そんな彼はいまだに、カウンターの奥で珈琲を飲んでいた。ふと、男性が飲むのを止めて、顔を上げて扉の方を見た。


「こんなところに辿り着くとは…… 今度のお客さんは、一体どんな悩みを抱えているのやら」


 扉にぶら下がっているドアベルが「カラン」と鳴り、ゆっくりと街外れにある喫茶店のドアが押し開けられる。

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