第一章 後悔と大切な約束と
一杯目
今になって思い返せば、これまでの私の人生は偽りだらけだったのかもしれない。他人に合わせ、家族に合わせ。自分のことを後回しにしては、やりたいことすら見つけられなかった。その結果として無駄に歳だけは重ねていき、夢の一つすら持たずにただただ退屈な毎日を貪るだけだった。
「もし過去に戻れるなら、やりたいことを見つけたいな……」
ぽつりと呟きふらふらと死に場所を探すように歩いていると、いつの間にか不思議な雰囲気の喫茶店の前にいた。「こんなところに喫茶店なんてあっただろうか」と、私は疑問に思いながら首を傾げた。
「色んな珈琲あり〼 風鈴堂」
その不思議な喫茶店の店先にはそう書かれた立て看板が出ていて、私は誘われるようにその店へと近づき入口の扉を押し開いた。
「いらっしゃいませ。お好きな席におかけください」
扉に吊り下げられているドアベルが鳴って、奥にいた店主らしき男性にそう声をかけられた。店内は落ち着いたアンティークのような雰囲気で、壁には文庫本がたくさん入っている本棚が並べられていた。私は壁際のカウンター席に座り、そっと置かれたコーヒーに視線を落とした。まだ何も頼んでいないのだが、サービスなのだろうか。疑問に思いながら、出されたコーヒーを見ていると声をかけられた。
「よかったらどうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます」
「浮かない顔をしていますが、何か悩みでもおありで?」
「あ、いえ。大したことではないのですが……」
そう、普通の人にとっては大したことではないはず。むしろ、何故できないのかと言われてしまうだろう。
「良ければ聞かせてくれませんか? 何分お客様もなかなか来ないので」
「実は私……」
スッキリとしたコーヒーを飲みながら私は、今までの生い立ちや悩みを話した。こうやって自分のことをスラスラと話したのは、彼が多分何も知らない他人だからだろうか。私のことを何も知らないからこそ、きっと他の人みたいに変に期待なんかしてこないだろう。だからなのか、私は気にせず様々なことを話すことができた。
「私、夢もやりたいことも見つけられないで、この歳まできちゃったんです。おまけに仕事も見つからなくて、家では厄介者扱いされてて……」
「それはお辛かったですね……」
「こんな自分もう嫌で、だけど死ぬに死ねなくて……」
「そうですか。お客様、良ければここで働きませんか?」
「えっ?」
店主の口から出た意外な言葉に、俯きながら話していた私は顔を上げた。整った顔立ちをしている彼は、優しそうに笑いながら私を見ていた。
「ここ風鈴堂では、強い後悔を抱えた人が迷い込んでくる人が多いです。あなたもその一人のようですが、どうやら様々なしがらみによって、本当に後悔していることがわからなくなっているようですね」
「本当に後悔していること?」
思い付くのは、やりたいことが見つからなかったことや、面接に落ち続けたこと、大学に行けなかったことなど様々だったけど、この人はどれも違うというのだろうか。
「ここでは、そういった人達を導くお手伝いのようなこともしています。良ければ、あなたも私と一緒にお手伝いをしませんか? そして、本当に後悔していることを探してみたら良いですよ」
「お願いします、やらせてください!」
勢いよく立ち上がり、カウンターから身を乗り出す。もう何だっていい。初めて必要とされたから、私はそれに応えたかった。
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