二杯目

 街外れにある不思議な喫茶店。名前は「風鈴堂」で、私はここで働くことになった一人のアルバイト店員。カウンターの奥でコーヒーを飲んでいるのは、ここの店主の月村朔つきむらはじめさん。スラッとしたスタイルをしていて、黒縁眼鏡をかけた長身の男性。イケメンを見たことはなかったが、間違いなくその分類なのだろうとは感じられた。


「谷中さん。そろそろお昼ですし、ランチにしませんか?」

「はい。ちょうどお掃除も終わりましたし」

「それならよかった。サンドイッチでも作ろうと思いまして、一緒に頂きませんか?」

「月村さんがよろしければ、ご一緒したいです」


 店主とそんな会話をしていたらカランとドアベルが鳴り、扉の向こうから中年のような男性が入ってきた。


「いらっしゃいませ、お好きな席にお掛けください」


 私は男性に声をかけて席を勧め、月村さんはコーヒーを淹れはじめていた。男性は迷いながらも、入り口に近いカウンター席にそっと座った。


「よければどうぞ。珈琲です」

「ありがとうございます……」


 月村さんが彼の前にコーヒーを起き、自分達の分も淹れていた。コポコポとお湯が沸く音がしながら、その上に何やら差し込んでコーヒーの粉を入れる。


「何か悩み事ですか?」

「はい……」


 ため息を吐きながらコーヒーを飲んでいた男性に、月村さんが話しかける。私は店主の隣で、ゆっくりと器具を回しながらコーヒー豆を挽いていた。


「私は実は、作家なんです…… でも、最近この仕事でいいのかどうか分からなくなっていて。たまたま応募したら賞を取れてしまったので、本当に好きなのかも定かではなくて……」

「そうでしたか」

「もし、過去に戻れるなら…… そんなことを思ったりしていて。そしたら、ここに着いてたのですが」

「なるほど。ここ風鈴堂では、よくそうした悩みを抱えているお客様がいらっしゃるのですよ」

「そうなんですね……」

「よければ、私達にお手伝いさせてください。あなたの後悔を、少しでも晴らすために」


 男性は不思議そうに顔を上げて、月村さんを見た。


「お手伝いですか?」

「はい。ですが、無理にとは言いません」

「わかりました、お願いします」

「ところで、お客様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

藤田誠人ふじたまことといいます」

「わかりました、藤田さん。お手伝いいたしましょう」


 その言葉を告げた月村さんか優しそうにだけど、どこか少しだけ怖い笑みを浮かべた。


「それでは、あなたの後悔している過去へと行きましょうか」


 唐突に告げられた言葉にその場にいた私と藤田さんは、月村さんが何を言っているのか理解が追い付かなかった。

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