第二章 あの日の選択
七杯目
誰にだってやり直したい選択は、大小関係なくあるものだろうと思う。夢を諦めたことや会社選びを間違えたこと、大切な人に別れを切り出してしまったこと。もし、その選択をしなければ、今とは結果になっていただろうと思うことはある。だけど私は、何を間違えてしまったのだろう。
街外れにある喫茶店「風鈴堂」も新しい年を迎え、今日から営業開始だった。私は白い息を吐きながら、暖かいコートを着てその喫茶店へと仕事をするために向かっていた。
「あれ? こんな朝早くに誰だろう」
店の入口に人が立っていることに気づき、私は声をかけるためにその人に近づいてみた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……」
振り返ったのは一人の女性で、どこかおどおどしている様子だった。
「よかったら、入りませんか?」
「え、でも……」
「大丈夫ですよ、お客様。さあ、どうぞ」
扉を押し開けて彼女を中に入れ、中にいた店主の月村さんにそっと事情を説明した。
「わかりました。ありがとうございます谷中さん」
「奥で着替えてから出てきますね、月村さん」
「かしこまりました」
店主の月村さんにそう告げ、私はバックヤードに入り制服に着替える。肩まである髪を後ろで一つにまとめ、茶色い長袖のポロシャツを着て腰に黒いサロンを巻く。ここの制服はシンプルながらも襟元にワンポイントで小さな白い花が刺繍されており、袖口には葉っぱがあり可愛らしいデザインになっている。エプロンの胸元には、店名と襟元にある花と同じものが刺繍されていた。
「月村さんは、可愛らしいものが好きなのでしょうか?」
ポツリと呟きながら着替えを終えて、月村さんとお客様が待っている店内へと戻った。
「お待たせしました、月村さん」
「いえいえ、大丈夫ですよ谷中さん。こちら、
月村さんがお客様の方を示しながら、私にそう教えてくれた。
「ここで働いている、谷中千春です。よろしくお願いします」
「先程はありがとうございました。私は清水遥花です。宜しくお願いいたします、谷中さん」
にこりと笑う清水さんの笑顔はどこか薄っぺらい感じがして、それが私の勘違いであればいいと考えてしまった。
「今日はいかがなされたのですか?」
「たまたまここの前を通ったら、寄りたくなっただけなので」
「それだとしても、ごゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
少し良くない胸騒ぎを覚えつつも、私はお礼を言う清水さんにの前にメニューを置き、彼女の相手をしている月村さんの代わりに開店準備を進めていく。
「何も起こらないと良いけど……」
そう小さく呟きながら、私は扉にかけてある看板をひっくり返して「OPEN」にした。
喫茶店「風鈴堂」の珈琲 樫吾春樹 @hareneko
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