六杯目

 周りが光に包まれて眩しくて瞼を閉じてから再び開けるとそこは、アンティークを基調とした風鈴堂の店内だった。出た時と変わらず藤田さんはカウンター席に座っていて、店主の月村さんはその向こうに立っていた。


「あれ、何で私はここに? そうだ、息抜きに丁度いいと思って来たんだった」

「お疲れのようで、寝てしまっていましたよ」

「それは、悪いことをした。長居してしまっては悪いので、私はこれで帰ることにするよ」


 そう言って何事も無かったかのように席から立ちあがり、お会計を済ませて外に出て行こうとする藤田さん。引き留めて覚えていないのかを聞こうとした私を、月村さんが静かに制して彼を見送った。


「どうして止めたんですか!」

「彼は本当に、今までの出来事を覚えていないからだよ」

「何でですか……」

「過去に干渉するって、そういうことですよ谷中さん」


 その後、月村さんは色々と説明してくれた。過去の世界でのことやその後のこと、何で戻ってきた後に記憶が無くなってしまう理由も。つまりは、後悔していることを解決すると今いる時間に戻ってきて、過去で改変した記憶は亡くなってしまうということだった。だから、藤田さんも覚えていなかったのだという。


「ここに後悔を癒しに来る人は、誰もが戻ってきた後のことを覚えていないのです」

「じゃあ、藤田さんが後悔していたことはどうなったんですか?」

「大丈夫ですよ、きっと」

「そうか。癒されなければ、ここに帰ってこれませんよね?」

「そういうことです」


 月村さんがそういうのなら、きっとそうなのだろう。


「ここには、これまで多くの人が来ては去っていきました。伝えたかった人や何かをやりたかった人、亡くなってからもまだ心残りがあったという人と様々です」

「幽霊も来たんですか?」

「えぇ、何度か」

「しかも、一度じゃないんですね」

「はい」


 ここは本当に、後悔を抱えた人が多く来るようだった。まさか、幽霊も来たことがあると言われるとは思わなかったが。


「藤田さん、作家を続けるのでしょうか?」

「きっと近いうちにわかりますよ」


 月村さんに見事にはぐらかされたが、このお店から出て行った時の藤田さんを思い出して、なんとなくだが「大丈夫だろう」という気がしていた。


「さあ、ランチの続きでもしましょうか」

「そういえばそうでした。もう、お腹ペコペコです」


 時計を見ると、まだお昼時。かなり時間が過ぎたと思ったのだが、実際はほとんど進んでいなかった。月村さんはサンドイッチを作り始めて私は残っていた片付けを終わらせ、カウンター席に二人で並んで食べ始めたのだった。

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