ジャックのわくわくな夜
宇部 松清
お菓子をくれないと……
ハッピーハロウィン!
ねぇ君たち、ハロウィンで仮装をする理由って知ってるかい?
10月31日の夜にはね、『扉』が開くのさ。こっちと、あっちを繋ぐ扉がね。そうしたら、どうなると思う?
やって来るんだ。死んだモノたちがね。
それに混ざって――、そうだな、君たちが
昔はさ、良かったよ。
だってちゃんと生きてる人間がどれかってすぐにわかったんだ。入れ食いだよね。魔女も吸血鬼も狼男も、両手に抱えきれないくらいの人間を連れて帰ったものさ。
――え? 連れて帰って何をするんだって?
いやいや、そこは想像にお任せするよ。大丈夫、ちゃんと次のハロウィンには家に帰ったさ。いやぁ、子どもっていうのは肌が柔らかくて可愛いよね。
だけどね、最近じゃ見分けがつかなくなっちゃってねぇ。
君たち、いっちょ前に知恵つけちゃってさ、うまいこと僕らに化けるんだもん。手当たり次第に
そう、つまり、僕らの真似をすることで自分たちを守るため、っていうのが、仮装の理由。――だろ?
まぁ、そんなわけで、仕方なくハロウィンはただのお祭りってことになった。人間たちにとっても、僕らにとってもね。ま、賑やかなのは好きだから良いけど、僕は。
――僕が誰かって?
僕はしがないランタン持ちさ。
巷ではジャック・オ・ランタンなんて呼ばれてる。そうそう、くりぬいたカボチャをかぶったアレだよ。まぁ、ハロウィンといえば僕、みたいなところあるよね。アイコンっていうかさ。マスコット的存在っていうの?
さて、今年のハロウィンも例年通りだ。
人間たちはうまいこと僕らに化け、本物のモンスターと混ざる。
もう最近じゃ僕らもすっかり諦めちゃって、良いよ、人間を攫うのは別に今日じゃなくても、なんて割りきってる。
確かに、いまじゃ普段の方が人間たちを見つけやすいんだ。
問題は、なかなかこっちに来られないから、馬鹿な人間たちが遊び半分で僕らを呼び出した時くらいしかチャンスがないってこと。
だからまぁ、その時はいちばん狩りのうまいヤツが行くんだ。大きな袋を持ってさ。その中に人間たちをぱんぱんに詰めて持ち帰るんだよ。ちょっとした英雄だよね、しばらくは。
僕もそのおこぼれをいくつかもらったものさ。いやほんと、子どもって可愛いんだ。柔らかくってすべすべしてて。
そんなある日のことだ。
ハロウィンから少し経った日だったかな。
また馬鹿な人間が僕らを呼び出そうとしてるって噂が耳に入った。そうなると、じゃあ誰が行くかって話し合いになる。腕に自信のあるヤツが何人か手を挙げた。
その時、仲の良い魔女が立ち上がって僕を指差したんだ。
「今回はジャックに行ってもらうのはどう?」
なんて言いながらね。
我が耳を疑ったよ。「え? 僕?」って。
でも、彼女はぱちんと片目をつぶって、次にカレンダーを指差し、さらに続けたんだ。
「ジャックなら何かエンターテイメント性のあるやり方でやってくれると思うの。だってジャックはお祭りが得意ですもの」
そんな風に言えば、さっきまで自信満々に俺が俺がなんて言ってた狼男も、「確かにあの日くらいは、そんな趣向を凝らしたやり方も悪くない」なんて言うんだ。
そうだそうだなんて声があちこちから起こって、今回は僕が行くことになった。
正直、わくわくしたよ。
だって僕は、これまでずっと、ただのハロウィンのマスコットで、パーティーのあちこちで転がってるだけだったから。
でも僕だって、一応、生前は結構頑張ってたんだぞ。
ようし、任せてよ。
皆が期待してくれてるような、エンターテイメント性のある……っていうのは正直わからなかったけど、僕らしいやり方で立派にやりとげてみせるさ。
そうと決まればしっかり準備しないとね。
僕といえばハロウィン。
ハロウィンといえば仮装。
人間たちの仮装は嫌ってほど見てるからね、大得意だよ。きちんと溶け込む恰好で行くのが良いんだろ? オーケーオーケーちゃんとわかってるって。
さぁ、いちばん大きな袋を持って行こう。帰りの荷物はきっと多いだろうから、乗り物に乗っていこうか。重たいもんね、子どもって意外と。
まずは窓口である人間の家にお邪魔する。
僕らを呼び出すためか、何やらそれっぽい飾りつけをした部屋の床からひょこりと顔を出すと、魔女の仮装でもしてるのか真っ黒いローブを着た男と目が合った。
けれど、そいつは僕の姿を見るなり首を傾げるわけ。
「お前なんか呼んでない! お前を待ってる子どもの家に行け!」
なんて言われちゃってさ。
端からそのつもりでも、面と向かって言われるとちょっとムカッとしちゃうよね。
だけどとりあえず僕は言ったさ。
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないといたずらするよ」って。僕の決め台詞だからね。
仲間たちが「出た! 十八番!」なんて盛り上がっているのが聞こえる。「やっぱりジャックはやってくれるぜ!」なんて狼男も笑ってくれてる。やった、ウケてる。
そしたらさ、そいつ。
僕に生の肉を投げつけてきたんだ。
生だよ、生。
生け贄のつもりだったのかな。いまどき血の滴る生肉を捧げられて喜ぶヤツなんていたかなぁ。
何てことは一旦置いといて。
僕はさ、『お菓子』って言ったんだ。うんと甘いのが良いけど、ちょっとくらいなら甘さ控えめでも良いよ。クッキーにチョコレート、マドレーヌなんかがあれば最高。まぁこの際味のないクラッカーでも良いことにする。ハロウィンじゃないし、いきなり来ちゃったからね、特別だよ。
それなのに。
生肉。
これってどこからどう見たってお菓子じゃないよね、絶対。
だけどそいつは耳が悪くはないみたいなんだ。なのに、僕の話をちゃんと聞く気がない。
じゃ、そんな耳、いらないんじゃないかな?
それから、人を――まぁ、僕は人じゃないけど――見た目で判断するような目もきっといらないよ。
よし、君への『いたずら』はそれにしよう。
確かあの魔女が人間の耳や目玉を欲しがっていたはずだ。彼女へのお土産ってことで。僕を推薦してくれたから、特別にね。
さぁさぁ、次々。急がないと。
僕らがここに滞在出来る時間って結構短いんだよ。
僕らの身体は日の光の下では透けてしまうんだ。人間たちに見つけてもらうことも出来ないし、触れることも出来ない。まぁ僕の場合、ハロウィンの日だけは特別なんだけどね。
だから、いま、この時間。
夜の闇が味方をしてくれるこの時間しか、僕らは君たちを攫うことが出来ないんだ。
だから、さぁ、時間はないぞ、急げ急げ。
大人よりも子どもの方が断然人気があるからね。2階にある子ども部屋を狙って行こう。どんな子がいるのかな。わくわくするね。
僕が枕元に立つと、人の気配に敏感なのか、それとも寝たふりをして待っていたのか、その子はうっすら眼を開けた。
そして僕を見てこう言ったんだ。
「わぁ、サンタさんだ!」ってね。
だから僕は言ってやったよ。
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないといたずらするよ」って。
その子はきょとんとしてたけど、皆からは大ウケだよ。「あいつブレねぇな!」って拍手喝采さ。
するとその子はね、ちょっと顔をしかめたんだ。
「それはハロウィンでしょ? 早くプレゼントちょうだいよ。サンタさんがちょうだいなんて変だよ、変」
そんなことを言うわけ。
じゃ、もう決まりだよね。
お菓子がないんなら、君が僕たちへのプレゼントさ。
さぁ、次の家に行こう。
ちゃっちゃと手早く済ませないとね。質より量なんだ。
最近じゃ、サンタさんへの贈り物ってことでクッキーやらミルクやらを置いておいてくれたりするもんなんだけど、さて、どうかな……。
さぁって、もうそろそろ帰らなくちゃ。
よいしょ、とそりの上に袋を乗せる。
袋はもうぱんぱんさ。ずっしりと重い。
こういうの、嬉しい誤算っていうのかな。
まさかあれだけ回ったのにまさかクッキー2枚なんてね。
最近の子どもたち、自分たちがもらうことばかり考えすぎだよ。それとも、自分たちの親がサンタクロースだとでも思ってるのかな?
僕はお菓子もほしかったけど、でも、まぁ皆が喜んでくれるはずだから、良しとしよう。
だけど僕はさ、皆より人間たちと触れ合う機会が多かったから、ほんの少し、本当にほんの少しだけど可哀想に思わないでもないんだ。
だからね、ひとつだけ忠告してあげる。
君たちがもし、ハロウィンの日にしか家に帰れない身体になるのが嫌なら、クリスマスの枕元には靴下じゃなくてお菓子を置いておいた方が良い。
お菓子をくれたら見逃してあげるよ。
来年も、僕だったらね。
ジャックのわくわくな夜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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