第27話 考察してみれば

「そんなの分かんないって……」

「なんか思い当たることないのかよ!  俺は『学園』のことは覚えてないんだから、お前が考えないと!」

「それはそうだけど、一方的に言わないでよ!」


 ぷうっと膨れて横を向いた。

 無茶を言わないで欲しい。学長が何を考えたかなんて分かるはずもない。まあそれでも私しか学長を知らないんだから、記憶を辿ってなんとか推理しなきゃいけないんだけどさ。

 ピピの、両手を組んで上目遣いでお願いって言ってくるあざと可愛いい訴えに免じて、リートの横暴な態度は一応許してあげるけど、もっと優しく頼むとかできないのかと思ってしまう。


 ブツブツ言っていると、リートがお茶を淹れてくれた。むすっとした顔で、コップを突き出してくる。これ飲んで、さっさと思い出せってことか。

 というか、前世の話をしながらもリートはずっと動き続けていて、なんと庭に石を並べて簡易のかまどを作りあげていたのだ。

 見てるこっちは、忙しなくて話に集中できないし落ち着かないからじっとしてて欲しいんだけど、リートとしては動いていた方が気持ちを落ち着かせられるんだと思う。そういうちょっと貧乏性なところがあるのよね。

 かまどが出来上がると、家の中から鍋と茶葉を持ってきて、薪をくべて水を張った鍋を火にかけた。沸騰を待つ間には、壊れた鍬の柄を利用して私の杖も作ってくれた。本当に器用なヤツだ。


 そう、リートは色々気が回るしなんでもできるんだ。そういう所は、一昨日までと何も変わっていない。

 変わったのは多分、私への感情なんだろう。自分が殺されるところを見物してたヤツなんて、そりゃ憎いと思って当然だもんね。

 それなのに、リートはお茶を入れてくれる。杖も作ってくれる。

 嬉しいけど切なくなるから、もう止めて欲しい。


――だって、以前の二人には二度と戻れないんでしょう……?


 何度目か分からないため息をついて、お茶を啜った。これも、私の好きなハーブティー。

 目を瞑って香りを吸い込み、気持ちを整える。

 できるだけ災いを避けるためには、学長が何を望み、今生ではどんな人物に転生しているか予測しておかなければならないのだから。


 さて、まずは分かっていることから整理してみようか。

 学長は父カルナ伯爵よりも年上で、多分五十を過ぎていたと思う。見た目は更に老けた感じだけど、若い頃はモテたんだろうなって感じのナイルミドルだ。一見すれば感じの良い穏やかな紳士なのだ。だけど今にしてみれば、なんだか中身が病んでいたようにも思える。

 私に対して執着心のようなものを持っていて、もしかしたらあれは恋情かもしれないんだけど、私には迷惑以外のなにものでもなくて。

 そして彼はリートを嫌っていた。


「うーん、学長とアベール王との類似点が多いな。年齢は近そうだし、見た目がまあまあ良いのも同じで、内面に闇を持ってそうなところも。地位が高いとか、私への執着とリートへの憎悪とか……」


 でも学長には、アベール王のような過激さはない。暴力とは無縁そうだった。それから、地位は高いとはいえ王と学長では雲泥の差だ。

 そして決定的な違いは、彼は私の父ではない、ということ。

 この差は、彼がアベール王だった時の願望から生まれたものなのだろうか。だとしたら……。


「アベール王は、次は父娘として生まれたくないと思ったってことよね……」


 なんか嫌な感じがしてきた。

 私を溺愛しながらも父娘になりたくないってことは、愛情の方向性が親子とは違うってことですか? ひょっとして、男女のあれですか? つーことは、学長ターンの時はマジで私を狙ってたってこと?


――ひー! 無理! 絶対無理! リート以外は無理だって!


 ぶるぶると頭を振った。もしも、今生でアベール王または学長に出会った時は全力で拒否って逃げないと。学長は剣を振り回すような過激さはなかったから、きっと大丈夫なはず、うん。


 「あれ? なんで大人しくなったんだろう。アベール王は暴君なのに、学長はそんなこと無かった……。私が気付かなかっただけ? ううん、周りの評判は確かに良かったし……」

「でも、それだけ類似点が多いなら、たとえ暴君ではなくても内に凶暴さを秘めていたかもしれない。お前の前では隠してただけで」

「うーん、まあそれはあるかもしれないけど。ホントに学園の運営とか真面目に堅実にやってたっぽいのよね……」

「とにかくだ。学長が今生ではどんな人物になっているか、その可能性を探らなきゃならないんだ。どんな望みを持ったか、いや変化したいと思ったか、とか……」

「変化かぁ……。不満があるから変化を望むのよね。うーん……なんだろう? 地位も名誉もあったしなぁ。……あ、そうだ。学長って天涯孤独だって聞いたことある。ご両親は早くに亡くなって兄弟はいないし独身…………ってことは、ひょっとして温かい家庭に生まれたいとか? 家族がいっぱい欲しいとか?」

「家族か。ん、んん……? ああっ! もしかしてお前と家族になろうってか?! ふざけんな! 許さねえぞ、クソが!」


 リートはいきなり隣に置いていた鞄をドスンと殴った。思いっきりやったみたいで、結構大きな音がした。壊れるからやめてよね。


――え? っていうか、それは嫉妬? 私を取られたくないってこと?


「リート、落ち着いてくだしゃい。今生でニアと家族になったのはリートだから、大丈夫なのでしゅ」

「奪いにくるかもしれない!」

「ニアはリートから離れないし、リートはニアを離しゃない、そうじゃないんでしゅか? しょれとも自信ないでしゅか?」


 何気に煽るピピだった。

 なんだとぉっと目を吊り上げるリートと、それをまあまあと宥めるピピを見ていると、ちょっとドキドキしてきた。リートが焼きもちを焼いてるように見えるのは、私の勘違いじゃない、よね?

 とか、思ってたら、また怒鳴られた。


「他になんかないのか! 火事が起きた時とか!」

「……もう、プンスカしないでよね。えっと、火事の時はねえ……学長、私を助けようと必死だったように思ったけど。火が回った建物から飛び降りろって、ちゃんと受け止めるからって。絶対護るからって。…………ん? そうか! 絶対に護るっていって護れなかったのって、次こそはってなるんじゃない?」

「なにそれ。お前を護りたいって? それじゃ、またアベール王みたいに、なんかバカ強いヤツになってるかもしれないのか? マッチョか? 剣豪か? マジ最悪!」

「いやいや、そういう事じゃないんじゃない……? まあ、分かんないけどさ」

「……権力で護るのか、腕力で護るのか、財力か、知力か……ああ全然想像つかねえ」


 学長が今生に転生していたとして、それがどんな人物になっているかなんて、やっぱりいくら推理したって分かりっこないのだ。そもそも学長が転生しているかどうかも、まだ分からないんだから。


 この問題の他にも、私には気になっていることがある。

 アベール王の「罪の贖いを忘れた大罪人」という言葉のことだ。とても重苦しく恐ろしい過去の存在を突きつけられたようで、息苦しい気分にさせられる。


「ねえ、リートが犯した罪ってなんなの? 心当たりあるの?」

「ない。分らん。知らん。初めは姫であるお前に近づいたことを指しているのかと思ったけどな。でも多分『アベール』より前の『前世』のことを言ってるんだと思う」

「そうね」


 同意見だった。そして、王はリートに罪があると責めていたけど、恐らくその罪は私の罪でもあるのだと思う。火事の最中、学長は「あなたは間違えてしまった。しかし、今なら間違いを正せます!」と言ったのだから。

 全く身に覚えはないが、ずしんと身体が重くなるほど、得体のしれない罪悪感に苛まれるのは、きっと私も罪を犯したからなのだと思うのだ。

 ピピが私とリートの顔を交互に見つめる。そしてがっかりしたように大きなため息をついた。


「思い出せないでしゅか? 神しゃまが教えてくれなかったので、これはピピの想像なのでしゅが、聞いてくだしゃい。アベール王の言う「罪」は、――仮に『始まりの前世』と名付けましゅが――、その前世で起きた何かの事件を指しているのと思うのでしゅ」

「確かにね、その通りだと思う。何があったんだろう? 王の言葉から何か思い出せないの?」


 今度はリートに考えてもらう番だ。王を覚えているのはリートだけなんだから。


「うーん…………。『アベール』での俺は『ニアと添い遂げられなかった前世』があったことを覚えていたけど、今の俺はその内容を覚えてない。だから、その『添い遂げられなかった前世』の中で「罪」に値する事件があったとしても、今は分からない」

「それは私も同じ……」


 私たちの転生を『今生』『学園』『アベール』『思い出せてない前世』の順に遡り、一番最初にあたる『思い出せてない前世』が『添い遂げられなかった前世』であり同一ということになる。

 私も『学園』の時は『添い遂げられなかった前世』を思い出していたようなのに、今は全く覚えていない。リートと同じ状況だ。

 一体、その前世で何があったのだろう。アベール王の狂気はその「罪」が原因のようだし、彼から逃れるには、過去を知る必要がありそうだ。


「アイツ、俺のせいで沢山の人が死んだような言い方してたけど……何があったかなんて全然分からないんだ。でも、アイツのあの尋常じゃない怒り方をみたら、単なる戯言とも思えないし……俺はとんでもないことをしでかしたのかもしれない」

「…………」


 リートは祈りの時のように手を組んで目を瞑った。眉間に刻まれたシワが苦し気だった。記憶にない罪を責めたてられ、戸惑いと不安と罪悪感を抱いている。きっとリートは思い出すことに恐怖も感じているだろう。

 彼に倣って目を瞑った。私も怖い。アベール王はリート一人だけに罪があるように言ったけど、きっと私も同罪なのだから。

 多分王は、私を贔屓目で見ているだけなのだろうから。


 そして学長としての彼もまた全てを覚えている。どの人生でも、過去世を全て思い出しているのだ。だから「今なら間違いを正せます」と言ったのだ。あれは『学園』での人生のことだけを言っているのではないと、今なら分かる。


 私とリートは幾つか前の前世で、二人して罪を犯した。恐らくは許されざる大きな罪を。

 これは罰なのかもしれない。何度転生しても添い遂げられず、絶望して死に別れるという罰を。


 私たちは大罪人。

 そしてアベール王であり学長である彼は断罪人なのだ。私たちの罪を断罪するために何度でも追いかけて来る。

 ゾクリと震えて、私は自分で自分を抱きしめる。

 断罪人の声が頭の中で叫び続けていた。


「貴様がニアに出会ったことが、全ての過ちの始まりだった! 今度こそ、私があるべき形に正してやる!」

「彼はあなたの敵なのです! あなたは間違えてしまった。しかし、今なら間違いを正せます!」

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輪廻恋迷宮 ~生まれ変わっても、またあなたと恋をする?~ 外宮あくと @act-tomiya

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