第6話 山田は山田
家に帰ると、部屋着の妹がリビングのソファーに寝そべって雑誌を読んでいた。
「ただいま」
「お帰り、山田」
雑誌に目を向けたまま、妹がいつものように出迎える。
もう慣れっこだが、俺の元いた世界じゃ妹が兄さんのことを『山田』なんて呼ばない。
するとキッチンの方から、母さんの声がした。
「山田、今帰ったの? 遅かったのね」
「うん、ちょっと友達とだべってた」
「お父さんが帰って来たらごはんにするから、山田も着替えてらっしゃい」
「わかった」
キッチンの母さんに聞こえるように返事をして、リビングを通って自分の部屋に入る。
言われた通り制服からTシャツに短パンの部屋着へと着替えると、俺はしばらくの間、机に向かった。
学校のこととか、委員長のこととか、ほおづえをついて、ぼーっと考える。
きっと委員長に悪気はなかったんだろう。
いつもぼっちな上、授業で笑いものにされた俺を、委員長として元気づけようと思ってしたことなんだろう。
でも、その優しさが、俺にはやりきれなかった。
そんなことを考えていると、ドアの向こうからいつものように俺を呼ぶ妹の声がした。
「山田ー、お父さん帰ってきたよー。ごはんにするってー」
「おう、今行く」
返事をしてから自分の部屋を出ると、俺は洗面所で手を洗いダイニングへ向かった。
ダイニングでは、仕事用のスーツからラフな部屋着に着替えた父さんと、すっかり夕飯の支度を終えた母さん、それと妹の三人が先に食卓についていた。
ひとつ空いた席へと俺も腰かける。
四人そろって「いただきます」を唱和し、我が家の夕食がはじまった。
お、今日は肉じゃがか。
母さんの作る肉じゃがは絶品だけど、どうも今日は気分じゃない。
俺が肉じゃがの皿へ一向に箸を伸ばさないのを見て取ると、
「どうしたの? 山田。具合でも悪いの?」
心配そうに母さんが聞いた。
「学校帰りに、女の子とハンバーガーでも食べたんじゃないか? 山田」
父さんに図星を突かれてギクリとするチキンな俺。どうやらそれが態度に出たらしい。
「え? なに? 山田、彼女出来たの?」
目ざとくそれを見止めた妹が、前のめりになって聞く。
「ねえ、ねえ、山田の彼女ってどんな人? 可愛い?」
「こら、止めなさい。山田が困ってるじゃないか」
調子に乗った妹を父さんがたしなめるが、
「で、どんな子なんだ? 山田」
「もうお父さんまで」
今度は母さんが父さんのことをいさめる。
しかし、
「でも、本当に山田に彼女が出来たんなら、母さん会ってみたいわ」
「父さんだって会いたいさ。山田の初めての彼女だからな」
「ねえ、ねえ、山田。彼女って山田と同じクラスの人?」
俺は、三人の口撃にいたたまれなかった。
「そうだわ、山田。今度のお休みに、うちに連れていらっしゃい。ごちそうするから」
「おお! それがいい! 山田、連れてきなさい。その日は父さんもうちにいるから」
「山田、彼女って美人?」
「彼女、何が好きか聞いておいてね、山田」
「で、どこの子なんだ? 山田」
いたたまれなくて、いたたまれなくて、それで――
「ねえ、山田。彼女とちゅーした?」
「あら、ちゅーなんてダメよ、山田」
「そうだぞ。まだ早いぞ、山田」
「もう止めてよ!」
てんで勝手に好きに言われ、俺は叫んでいた。
「どうしたんだ? 山田」
「山田は反抗期なんだよ」
「そうなの? 山田」
「いい加減にしてよ! みんなして、山田、山田って」
俺はこっちの世界の家族に向かって叫んだ。
俺が元いた世界には、自分の兄さんのことを『山田』なんて呼ぶ妹はいない。
息子のことを『山田』なんて呼ぶ父さんも母さんもいない。
「俺のこと『山田』って呼ばないでよ!」
俺の中で何かが弾けた。
授業で笑いものにされたこととか、一瞬信じた委員長のこととか、色んなことがないまぜになって、心の中でわだかまっていたものが、一気に弾け飛んだ。
そして、俺は心の底から叫んだ。
「俺、『田中』だよ!」
『異世界山田』完!
異世界山田 へろりん @hero-ring
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