第6話 疑惑
「三百年前のデータを調べたが、そのような事実は確認できなかった」
「それは、どういうことでしょう。データに漏れがある、ということですか?」
「その可能性もゼロでは無いが」
そこまで言って、上司は、一旦言葉を区切った。
「これは、詐欺の一種かも知れん」
「どういうことですか?」
「現状を端的にまとめると、こうなる。誰かが君に監視を付けた。そして、監視を外すには金がかかる。つまり、君に監視を付けた者が首謀者で、君は金儲けに利用されているんじゃないか、ということだ」
「一体、誰がそんな……」
「そこまでは分からんが、そいつは、君が人間じゃないことを、早々に見破って、それを利用しようとしたのかも知れんな」
ヒデオには、その人物に心当たりが有った。その旨を伝えると、上司は言った。
「ほう。では、そいつと接触をしてみるのも、ひとつの手だな」
「接触するのは危険ではありませんか? 通常、人間ではないことがバレた場合には、調査を打ち切り、即帰還をすることになっていますが、今は帰還ができません」
「接触すること自体に、それほどの危険は無いだろう。バレているのであれば、既にバレているのだ。接触によってバレるわけではない。むしろ、接触することによって、相手の出方を見てみたほうが良いかも知れん」
「しかし、バレていた場合、私はどうしたら良いですか」
「ひとつ、手が有る。リスクが無いわけではないが、勝算は高い」
昼休みに、弁当を食べながら、唐突にミキが言った。
「除霊するのに、百万円かかるって言われちゃったよ」
「え?」
一瞬、何の話か分からなかったチハルだったが、すぐにヒデオの話題であることに思い至った。
「そんなにかかるの?」
「なんか、すっごく強い侍が憑いてて、神様の力を借りるんだって」
なるほど。インチキ霊媒師に引っかかったんだな。チハルは即座に理解し、そして悩んだ。
さて、どうしよう。侍なんて憑いてない。その霊媒師はインチキだ、というのは簡単だ。でも、あまり余計なことを言うと、巻き込まれてしまう。ヒデオには関わりたくない。
「そのお金、ミキが払ったり……しないよね?」
「百万はさすがにねー。百円なら出しても良いけど」
チハルは、ほっとしながら、続ける。
「ちなみに、どこの誰に見てもらったの?」
「繁華街にある、ファントムバスターっていう店の、ゴータマ・ヨッシーに見てもらったんだー。モーゼの孫なんだって。すごいよね」
「え? モ、ん?」
突如として襲いかかってきた、胡乱の津波に翻弄されたチハルは、混乱して、上手く言葉を発せなかった。
これは、ちょっと怪しいなんてもんじゃない。怪しさ大爆発だ。自ら、インチキだと喧伝して回っているようなもんじゃないか。さすがに、ゴータマは無いだろう。それでいて、モーゼの孫だと? そんなものに引っかかる人間が居るなんて……。チハルは、ミキの純真さが心配になった。
さすがに、それは怪しくないか、と口に出しかけたチハルだったが、すんでのところで踏みとどまった。除霊がされようがされまいが、どうでも良い。ミキにさえ被害が無ければそれで良い、と思ったのである。
「それで、ヒデオさんはどうするの?」
「なんか、バイトするかもって言ってたよ」
「え!?」
「バイトする理由が、除霊代を稼ぐためとか、ウケるよね。あは」
ミキは楽しそうに笑う。
「ちょっと、自分の彼氏が苦労してるのに、ウケてる場合じゃないでしょう」
そう言うチハルも、内心では少しおかしかった。
正体不明で、あれほど恐怖の対象であったヒデオが、インチキ霊媒師に騙されて、幽霊怖さにバイトを始めるというのだ。
そうか。あいつは、幽霊が怖いのか。
「チハルだって笑ってるじゃーん」
ミキに言われて、チハルは、知らない内に自分の頬が緩んでいたことに気付いた。
「あ、ごめん」
慌てて笑みを引っ込めたチハルを見て、ミキは再び笑いながら言う。
「謝らなくて良いって。面白いもん。あいつなら、バイトの面接で理由を聞かれた時に、除霊のためのお金が欲しくてって、多分言うよ。超ウケる。そんなやつ、絶対に面接受からないよ。あは」
ミキと話してると、ヒデオが少し哀れに思えてくる。
「でも、それじゃ、除霊できないじゃん」
少しだけ笑いが含まれた声で返したチハルは、かすかにヒデオを心配している自分に気付き、少し驚いていた。
その日の帰り道、チハルは、いつものようにスクランブル交差点を眺めていた。もし、ヒデオが居たら、話くらいは聞いてやっても良いような気分になっていた。
行き交う人を眺めつつも、ヒデオのことが気になり、どうにも空想に身が入らない。
これは仕方の無いことだった。何かとっかかりがあったほうが、空想はしやすい。今は、ヒデオに、そのとっかかりが多すぎる。
しばらく見ていると、交差点の対角線上に、見覚えのある顔が見えた。いつも、ヒデオの後ろに居た、あの悲しそうな顔の女性だ。
ヒデオが来たのかと、その霊を連れた人間のほうへ目を向けた瞬間、チハルは我が目を疑うことになった。
そこには、悲しそうな顔をした女性が居た。つまり、全く同じ姿形をした二人が、ブレて存在しているように見えるのだ。
チハルは、自分の目に乱視の症状が出たのかと思い、一度、瞼を強く閉じてから、再び見た。どうやら、乱視ではないらしい。
あまりの異様な光景に、チハルは、その場から動けず、その二人を見比べるように、何度も視線を上下させた。
しかし、霊のほうはまだしも、それを連れている実体のほうは、人間と呼ぶには、あまりに青白く、生気が無く、見た目からして、違和感の塊と化していた。
チハルは、その見た目とは違うところから生まれる違和感を嗅ぎ取り、普通であれば有り得ない想像をしていた。
ヒデオは、交差点を歩いていた。少し離れたところ、いつもの場所にチハルが居るのが見えた。
横断歩道を渡り始めたくらいのタイミングで、チハルがこちらに気付いたようだ。目を丸くして、わずかに視線を上下させている。
チハルの表情から、その感情を読み取ることはできなかったが、上下する視線が意味するところは分かった。やはり、チハルには監視者が見えているのだ。自らが付けた監視者と、全く同じ姿をした人間が歩いているので、驚いているのだろう。
しかし今日は、チハル以外に、何人かの人間にもじろじろと見られた気がする。自分の変化には、何ら不自然なところは無いはずなのだが。
ヒデオは、交差点を斜めに渡ると、一直線にチハルのほうへと歩を進めた。
一瞬、逃げようと思ったチハルだったが、恐怖よりも驚きが勝ってしまい、身体が動かず、その機会を逸してしまった。
ヒデオとチハル、二人が、至近距離で向かい合う。
しばらくの間、二人は無言だった。
チハルは、想定外の出来事に混乱し、何を言って良いのか分からない。
ヒデオは、チハルの言動次第で、対応方法を考えたかったので、チハルが何かを言うまで待った。
チハルの口から、先ほどより想像していた有り得ない内容が、そのまま零れた。
「あなた……ヒデオ……でしょ?」
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