第4話 監視者

 そして今、ヒデオは危機感を抱いていた。

 自分に監視が付けられているということは、自分が、地球人から怪しまれているということだ。もしや、既に正体がバレているのか。いや、そんなはずはない。我々ニーウ星人が、地球人の姿に化けて、潜入調査をしていることを、地球人は知らないはずだ。

 自身の素性がバレているのか、という点も問題であったが、ヒデオにとって最大の問題は、この監視者の追跡能力がどれほどのものであるか、という点だった。

 彼女が、その姿を消すことができるのは、自らの目で確認済みである。

 それだけでも、充分すぎるほどの能力だ。こちらは、監視されているのかどうかすら、分からない。どうにかして撒いた、と思っても、監視者は、姿を消して、自分のすぐ後ろに張り付いているのかも知れないのだ。

 監視される側にとって、これほど恐ろしいことは無い。

 さらに、他調査員の報告書によれば、地球人の中には、物質を透過して移動することができる個体も居るという。もし、この監視者も、この能力を有するのであれば、状況は絶望的であると言って良い。

 高速移動する乗り物で、振り切ろうにも、平気で乗り物の中に付いてきてしまうだろう。

 ニーウ星人は、身体を自在に変形できる。その気になれば、身体を完全な液状に変え、水道管や下水管を通じて、どこかに逃げることもできるが、物質透過移動が可能な者の前では、この方法を用いても、振り切ることは困難であろう。

 監視者自体の移動速度次第では、振り切ることも可能かも知れないが、それも未知数である。

 今のヒデオには、監視者の能力を確かめる方法が無い。

 これらが意味することはつまり、この監視が解けない限り、ヒデオは帰ることができない、ということだ。

 高速艇で迎えに来てもらっても、監視者が一緒に付いてきてしまうかも知れない。母艦にまで付いてこられたら、恐らく取り返しのつかない事態になる。

 相手は、移動も出現も自由自在なのだ。母艦内の情報を収集するだけ収集して、地球の同胞に知らされるかも知れない。いや、母艦の位置が知られたら、同じような能力を持った地球人たちが、大挙して母艦に押し寄せるかも知れない。

 最悪の場合、これはニーウ星人と地球人との全面戦争にまで発展する可能性がある。そんな事態は、死んでも避けなければならない。

 何か問題が起きたとしても、しばらくは地球上でやりすごすしかあるまい。もしもの時は、自分は、地球で散ることになる。ヒデオは、密かに覚悟を決めた。


 ヒデオは、上司に報告をすべく、スマートフォン様の通信機を取り出した。

 ニーウ星人は、通信機のタッチパネル部分に指を接触することにより、その指を介して、音声に依らずに会話をすることができる。

 この装置を用いての通信自体は、地球人の監視下で行っても問題ないはずだ。地球人には、通信内容を傍受することはできない。仮に、傍受したとしても、ニーウ語の解読は無理だろう。

「ご報告があります」

 自分が監視されていることと、現在、非常に危機的状況にある旨を、手早く説明した。

「状況は分かった。確かに、様々なリスクは想定されるが、そこまで悲観するほどのこともないだろう」

「と、言いますと?」

「確かに、監視が解けるまで、帰還は難しいだろう。しかし、地球人は、我々を死に至らしめるほどの攻撃手段は、あまり持っていない。核爆発の直撃でも喰らえば、さすがにただでは済まないだろうがな」

「つまり、そうそう死ぬようなことは無いだろうと」

「そうだ」

 上司は、少し間を置いてから続けた。

「今後も、地球人を装って生活を続けるのならば、一番の問題は、金だな。今後、我々が、君と接触するのは難しい。追加資金の援助はできないと思っておいたほうが良い」

「今後、金が必要な場合は、自分で稼ぐ必要がある、と」

「そういうことだ。仮に正体がバレたとしても、地球上で生き長らえる方法はいくらでもある。実際に働くかどうかは君に任せるが、くれぐれも通信機だけは無くすなよ」

「承知しました」

「我々のほうでも、君を救助する手段は検討する。君は、監視から逃れる方法が無いかを模索してくれ」

 通信は終了した。

 ひとまず、命の危険は無さそうだが、今後は、金を節約する必要がある。毎日ラーメンを食べるのは、控えたほうが良さそうだ。いざとなったら、働かなければいけないか。

 こうしている間も、監視者が、どこかから自分を見ているかも知れないと思うと、ヒデオの気持ちは沈んでいった。


 数日後、繁華街でミキと話していた時に、ミキの友人だという女性――チハルに会った。

 しかし、ヒデオは、もっと前からチハルのことを知っていた。交差点を通る時に、するどい視線を向けてくる女性として。

 ただでさえ、監視に敏感になっているヒデオにとって、交差点で、自分を凝視してくるチハルは、気づくなと言うほうが無理なほど、目立つ存在だった。

 チハルは、自分の正体に気付いているのか。もしや、この監視を付けたのはチハルなのでは。チハルは、何かを知っている。ヒデオの中で、チハルに対する、様々な疑惑が膨らんでいた。

 チハルを紹介されてから、数日経ったある日、喫茶店の中で、唐突にミキが言いだした。

「あのさ……。人から見られてるなって、思う時とかある?」

 ヒデオは、ぎょっとした。

 核心を突く質問だ。これにどう返答するべきか。監視者が地球人である以上、地球人であるミキとも、繋がっている可能性がある。そもそも、ミキに監視者は見えているのか。駄目だ。分からない。とにかく、情報が少なすぎる。

 無言で苦慮するヒデオに、ミキは続けた。

「ごめん。変なこと聞いちゃって。いや、無いなら良いの。気にしないで」

 ここで、有る、と答えたらどうなるのか。自分が、監視されていることに気付いていることが、監視者にバレてしまう。しかし、有る、と答えることで、何か情報が得られるかも知れない。

 ヒデオは、リスクを承知で答えた。

「あります。正直なところ、今も、すぐ側で見られているんじゃないかと思ってます」

「やだー。怖いこと言わないでよー」

 怖い? 同じ地球人同士なのに怖いのか。地球人にとっては、監視者は恐怖の対象なのか。

「同じ人間なのに、怖いのですか?」

「怖いでしょ、普通!」

 ヒデオを一喝してから、ミキが続ける。

「ヒデオはやっぱり変わってるねー。ウケる」

「いえいえ。それほどでもないですよ」

 ヒデオは、ミキが、何故このような質問をしてきたのかが気になった。

「ミキさんには、その人が見えてるんですか?」

「いやいや、私には見えないよ」

 ミキが、大きく首を振りながら答えた。

「では、何故、こんな質問を?」

「チハルがね、言ってたの」

 やはり、チハルか。チハルが、自分に監視者を付けたのか。しかし、ミキが恐れる監視者を、チハルは操っているということなのか。

「チハルはね、なんていうか、特別な力を持ってるの」

「どんな力を持っているんですか?」

「私も、詳しくは分からないけど、普通の人間には見えない、色んなものが、見えちゃうんだって」

 なるほど。これで辻褄が合った。恐らく、チハルには、自分が人間ではないことが”見えた”のだ。そして、監視者を付けた。

 チハルという、とっかかりが見つかった。これは、ヒデオにとって、大きな進展だった。しかし、どうすれば監視者を外してもらえるのかは、まだ分からない。

 今後の対応を思案しているヒデオに、ミキが言った。

「それでさ、今度の日曜日、ちょっと一緒に行きたいところがあるんだけど」

「どこですか?」

 正直、今はデートどころではなく、断ろうかと思っていたヒデオだったが、続けてミキが発した言葉に、頷かざるを得なかった。

「繁華街にある、お店。ヒデオの悩み、解消できるかも知れない」

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