第3話 最初の三日間

 ヒデオは、大きな問題に直面していた。

 何故だか分からないが、自分に監視が付けられているのだ。自分が人間でないことがバレたのか。いや、思い当たる節が無い。そんな失敗はしていないはずだ。

 ヒデオは、地球に来てからの、この三日間のことを順番に思い出した。

 ヒデオは、調査のため、地球にやってきたニーウ星人だった。

 地球に降り立った時、既に住居は用意されており、そこに住むだけだった。面倒な手続きは、調査本部の方で全てやってくれていた。なんでも、調査員自らに、住居の契約周りを任せていたところ、ルームシェアになってしまった事例があるそうで、それ以来、住居の確保は本部がやるようになったらしい。

 住居は、ワンルームのアパートだった。ニーウ星人は、住居の広さにこだわりはない。人目に付くことなく、上司への連絡ができて、少し休むことができるスペースさえあれば、それで良いのだ。


 地球に降り立った、その日の夜、ヒデオは、ラーメンを食べに出かけた。

 幸いなことに、家からラーメン屋は近かった。家を出て、スクランブル交差点を渡った、すぐ先がラーメン屋だった。

 そこで、地球のラーメンを一啜りで平らげた。

 店主は、目を丸くして無言になっていた。おそらく、不審なものを感じたのであろう。

「すみません。私、病気なんです」

 こちらが、笑顔を作って、そう言うと、店主は納得した様子で頷いた。

 しかし、店内でその様子を見ていた、別の地球人が言った。

「あは。何それ。ウケる」

 その地球人は、ミキと名乗った。この近くの学校に通う、地球人のメスらしい。

 ミキは、何故かヒデオを気に入ったようで、明日も会おうと言ってきた。

 家に戻って、上司に報告をした。

「地球人のメスに気に入られたようで、明日、また会おうと言われました」

「君の顔は、地球人で言うところのイケメンにしたからな。それにつられたのかも知れん」

「なるほど。地球人は、本当に形にこだわるんですね」

 しばらく考えた後、上司は言った。

「おそらく、明日のそれは、デートというものと考えて良いだろう。何かしら、事前準備はしておいたほうが良いかも知れん。これも、調査の一環だ。しっかりやれ」

「はい。分かりました」

 答えたものの、ヒデオは困った。デートの準備と言われても、何をしたら良いのか分からなかったのだ。

 二日目。結局、何もできないまま翌日を迎え、夕方に家を出て待ち合わせ場所へと向かった。

 向かう途中、スクランブル交差点に差し掛かった時に、ある物が目に入った。花束だ。ガードレールの側に、花束が置かれているのである。

 そう言えば、デートの際には、オスがメスに花束を渡すと聞いたことがある。これを利用しない手はあるまい。

 ヒデオは、これ幸いと、ガードレール脇に置かれていた花束を拾いあげ、待ち合わせ場所へと向かった。

「何この花束。わざわざ買ってきてくれたの?」

「いえ、拾いました」

「何それ。ウケる」

 全く反応の無いヒデオを見て、ミキが言う。

「本当に拾ったの?」

「はい」

「超ウケる。拾った花束とか、ちょっともらえないかなー」

 そう言って、結局ミキは花束を受け取ってくれなかった。

 その後、ミキとカラオケに行った。地球人は、歌や音楽というものが好きで、カラオケという場所に、歌いに行くということは知っていたが、ヒデオが実際に行くのは初めてだった。

 小さめの個室に入るなり、ミキは、リモコン端末を操作して、自分の歌う曲を入れる。

「ヒデオも、好きな曲入れてね」

 と言って、彼女は歌い出した。

 歌を歌うだけなら、自宅でも良さそうなものだが、地球人にとっては、こういう場所に来て歌うことに意味があるのだろうか。雰囲気、というやつか。

 間奏に入り、ミキが言う。

「ヒデオまだ入れてないじゃん。もう、この曲終わっちゃうよ」

 そう言われても、ヒデオは地球の歌などほとんど知らない。どうしたものかと思っていると、そう言えば、一つ知っている歌が有った。なんとか三郎という歌手の曲だ。日本では相当有名な曲のはずだ。

 記憶を頼りに、曲を入力してみる。カラオケマシンに反応が有り、どうやら無事に入力が受け付けられたようだ。

「あー、気持ち良かった。やっぱりカラオケは良いねー」

 満足そうにミキが言った。

 ヒデオが入れた曲のイントロが始まり、画面には、曲名と歌手名が大きく映し出される。

「何? ヒデオ、演歌歌うの? ウケる」

 ヒデオが歌い出すと、ミキは目をまん丸にした後、笑いだした。

「すごい。超上手いんだけど」

 地球人からしたら、そうなのだろうと、ヒデオは思った。歌とは、決められたタイミングで、決められた周波数の声を出す、言わばゲームのようなものだ。声色や音程を自由に操れるニーウ星人にとって、そのくらいの作業はわけもない。

 歌っている最中に、ふと見ると、個室の出入り口のドアの向こうに、誰かが立って、こちらをずっと覗いているような姿が見えた。

 歌うのをやめてミキに言った。

「誰かが覗いてますね」

「え?」

 ミキがドアのほうへ振り返ると、そこには誰も居なかった。

「誰も居ないじゃん」

 一瞬、ミキのほうに視線を落としてから、改めて、ヒデオがドアを見ると、そこには誰も居なくなっていた。


 そうだ。この時から監視が始まった気がする。


 カラオケから出たところで、ヒデオは、ミキと別れ、家に帰った。仕方なく、花束を自宅に持ち帰り、部屋の隅に、投げるように置いた。

 上司と連絡するべく、スマートフォン型の通信機を手に取る。

「今、戻りました」

「デートはどうだったかね」

「花束を持っていったんですが、受け取ってもらえませんでした」

「地球人のメスは、好き嫌いが激しいからな。ちゃんと、彼女の好みの花を選んで買っていったのかね?」

「いえ、道端に落ちていたのを拾って、持っていきました」

「道端に落ちていることもあるのか。コスト削減の観点では良いかも知れんが、少々、手抜きが過ぎたかも知れんな。次は気をつけろ」

「分かりました」

 上司との通信を終え、ヒデオは考える。

 花にも様々な種類があり、人によって、好きな花、嫌いな花、というものがあるのか。地球人の趣味嗜好というやつは、理解が難しい。

 その日の夜。ヒデオが寝ていると、何か気配を感じた。

 目を開けて、暗い部屋を見回してみると、自分のすぐ横に女が立っていた。いや、立っていたという表現は正しくないかも知れない。立ち姿をしていたものの、彼女は宙に浮いていた。

 その女は、薄闇の中で、仄かに青白く光り、異質な存在感を放っていた。薄く開かれた目は、瞬きすることも無く、ただただ、静かにヒデオを見つめていた。

 この女は何者だ。どこから入った。いつからここに。様々な疑問が浮かんだが、ヒデオは、すばやく起き上がると、そのまま立ち上がり、やや頭を下げて、言った。

「はじめまして! わたくし、高山ヒデオでございます」

 反応は無かった。そのまま、一言も発することなく、彼女は消えていった。

 このように、音も無く現れ、音も無く消えていく、希少種の地球人が存在するという情報は知っていた。しかし、実際に目の前で見ると、それは、想像以上に、奇妙な光景だった。

 三日目。朝、ヒデオが起きると、姿は見えないものの、どうにも、室内にあの女性が居る気がしてならない。

 何せ、彼女は姿を消すことができるのだ。姿を消したまま室内に居るのだとしたら、ヒデオの行動は全て監視され、ヒデオから彼女の動向を知ることはできない。非常に、不利な状況である。

 昼になり、ヒデオは外に出た。言うまでもなく、ラーメンを食べるためである。

 こうして外出している間も、あの女性は付いてきているのか。どうにか、確かめる術は無いものか。ヒデオは、思考を巡らせつつ、ラーメン屋へと入った。

「へい、らっしゃい!」

 店主の、威勢の良いかけ声が響き、ヒデオはカウンター席に座った。

 ヒデオの前に、水の入ったグラスが置かれる。ここまでは、問題は無かった。しかし、次の瞬間、ヒデオは凍りつくこととなった。

 ヒデオの隣の席にも、コップが置かれたのだ。

 追い打ちをかけるように店主が言う。

「あれ、お客さん、お連れさんは?」

「居ません。私一人ですよ」

「女性と、お二人じゃなかったですか?」

「いえ」

 平静な声で答えたものの、ヒデオは動揺していた。

 やはり、あの女性がついてきているのだ。理由は分からないが、店に入る瞬間だけ、店主には見えてしまったらしい。そして、今はまた姿を消している。

 やはり、自分は監視されている。ヒデオが確信した瞬間だった。

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