第3話異世界転生したい



 「いいですか? トラックに撥ねられると異世界転生するって、そんな話誰に聞いたんですか?」


 雛菊は口を尖らして問い詰める。

 そんなふざけた話があってたまるか、と。

 だが、一言居士氏は嬉々としてこう言った。


 「誰って、みんなそう言っていましたよ? トラックに撥ねられると、剣と魔法の異世界に転生して、現代文明の知識……もとい前世の記憶を引き継いで算数ができないレベルの連中相手に無双して、しかもチートを持ってけるって――違うんですか?」


 「デマです!」


 と雛菊は刺々しく言い放った。


 「そんな虫のいい話は、どう考えても有り得ません! 第一、チートって何ですか! 四則計算もできない未開人相手に、それもズルしてまで無双するとか、情けなくならないんですか? 大体剣と魔法の世界って、ネズミーランドにでも行けばいいじゃないですか!」


 つい、感情的になってしまった、と言ってしまってからちょっぴりと後悔した雛菊。

 流石に言い過ぎたかな……と思って一言居士氏を見ると、彼は納得したように頷いていた。

 実は根は素直な人なのかもしれない……と思った彼女へと、氏は言った。


 「なるほど……」


 一言居士氏は納得したような顔で、でも腕を組んでいた。


 「では、俺はこれからどうなるんです?」


 (彼だって、いきなりのことだったのだから、気が動転しておかしなことを口走っていたとしてもおかしいとは言えないよね……)


 かつての自分、つまり雛菊自身もそうだったのだから、殆どの魂にとって、これは通過点のようなものではないか。

 気を取り直して、いつものルーチンに入る。


 「はい、まずは名前を鬼籍謄本に登録してもらいます。それとこちらに移住の際は、色々と面倒な手続きがありますが、ざっと十種類の書類に記載していただければ完了ですよ」


 冥銭めいせんの手続きや、住居の割り当て、こちらでの仕事の申請など……と、雛菊へ一言居士氏は言った。


 「いや、そうじゃなくてさ……」


 「はい?」


 「転生とかしないの?」


 「転生、ですか?」


 なるほど、できれば新しい人生が欲しい……よく聞く話だ。

 それについても説明をしないといけなかったか――と雛菊が答える。


 「それなら順番待ちしていただければ出来ますよ」


 「待つ……待つってどのくらい待てばいいんだ?」


 急かす質問が来た。


 「えっと……ですね」


 と待ったをかけてから、先ほどの資料とは別に、いつも懐に忍ばせている和製本を取り出してそれを開く。

 つまり鬼籍課のマニュアルだ。

 ページをめくり、文字を追っていくと、規約のところへとたどり着く。


 「ああ、あった――ざっと千二百年ほどお待ちいただくことになりま――!?」


 「はぁっ!?」


 明らかに威圧するように、一言居士氏は鋭い目つきで雛菊を睨みつけたではないか。


 「千二百年だとっ!? 古都が観光地になるにしても十分すぎるほど長いし、千年王国が出来て滅ぶより長いわっ!!!」


 「そ、そう言われましても……」


 どうどう、と鎮めるように宥めすかそうとして、雛菊はうんざりした。


 (ああ、いやだ――こいつクレーマーじゃない!)


 雛菊は内心ため息をつく。


 (いるんだよなあ……)


 ある光景が彼女の脳裏に浮かんだ。

 以前、現世に出張した際に見た光景……あれは現世の方がよっぽどやばいと感じた瞬間でもあった。

 コンビニのレジで店員を怒鳴りつける暴走老人とか、ハロワでブラック求人を片手に職員を罵倒している求職者とか、駅のホームで車掌を殴る朝のラッシュ時のアホ客とか……それでいて自分たちは恵まれていると本気で信じているやばい人たちばかりの現世。


 「だからさぁ……」


 雛菊の回想を破り、一言居士氏の荒い声が耳へと飛び込んでくる。


 「せめてさぁ、憧れの上級国民として生まれて、女が勝手に寄ってくるレベルの超イケメンな容姿に、細マッチョでスポーツ万能、勉強なんかしなくても東大一発合格するくらい頭がよくて、皇族とか華族の血が入っている……それと幼なじみの美少女がいる、そんな人生をくれませんかね?」


 一言居士氏の提案……いや要求と言うべきだろう。

 かなり常軌を逸した要求に、雛菊の顔は険しくなって、声だって刺々しいものとなる。

 だから冷たく言い放った。


 「無理です」


 雛菊はこのアホな話をすぐにでも終わらせたかったが、一言居士氏は譲る気配を見せない。


 「何故ダメなんですか?」


 抗議の声が上がった。


 「ラノベだと大抵こういう場合、美少女な女神様が現れて、あなたにチートあげるから異世界に転生してって、頼まれるはずなのにっ!!!」


 ああ、ダメだ……こいつなんとかしないと。


 呆れるばかりだが、それでも仕事なのだから、言わなければならない。


 「ダメなものはダメです!!! 第一ラノベってなんですか?」


 ラノベがライトノベルであることくらい、雛菊だって知っている。

 問われるべきはそこではなく、妄想と現実の区別くらいつけろ、ということなのだ、と。


 「何でもかんでも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いだっ!」


 (こんな分からず屋のイカレポンチにかけてやるやさしい言葉なんてないっ!)


 きわめて正論を言ったはずだ。

 言い方はきついものだったかかもしれないが、でもいつかは誰かに言われることではないか――そんな雛菊へ、一言居士氏は言い放った。


 「こ……このアバズレっ!」


 その言葉で雛菊の心に衝撃が走った。

 漫画だと暗い背景に稲妻が走ったような背景に描かれるだろう。


 「げ……現世にいた時でも、お姉ちゃんにさえ言われたことなかったのに……」


 雛菊の姉……そこまで仲がよかったとは言えないけれど、しかし「アバズレ」のような言葉だってかけられたことはなかった。

 わなわなと震える雛菊へと、一言居士氏は更に追い討ちをかける。


 「大体何だよその格好? ○正○球娘かお前は? それとも玄○開伝か!? 古臭い格好だよな? だから頭まで凝り固まった、ババアそのものなんじゃねえのか? しかも雛菊って滅茶苦茶古い名前だし、もういっそイシだのテイみたいな名前にしたらいいんじゃねえのかぁ?」


 「うう……」


 悔しそうに項垂れる雛菊。

 だが、暴言は止まらなかった。


 「や~い、バ・バ・ア☆」


 涙目になる雛菊。


 「小姑♪」


 そこまで言うか、と絶望の淵を覗く雛菊。


 「お局さん――」


 その言葉に堪忍袋の緒が切れた雛菊が、どこから取り出したのだろう、大鎌を振り上げて、しかし鎌の刃ではない方でもって、一言居士氏の頭上へと振り下ろしたのだった。

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