第2話一言居士

 「ええと、誰って言ったっけ……」


 と雛菊は上司から受け渡された資料を懐から取り出した。

 古びた和製本のようなデザインの資料を開き、該当する今回の相手の情報を見て引きつった笑みを浮かべる。


 「一言居士いちげんこじ……」


 まあ、何も言うまい。

 いつものことだ、と雛菊は空を見あげる。

 彼女は遠い目をしていた。

 待たされること約一時間、ノルマとして上司に案内役を押し付けられた雛菊の前に、その一言居士氏は現れた。

 だが、目の前の人物の、いかにも無職と言えるだろう風体に驚く。

 資料として渡されていた写真には、七三分けで度の強そうな眼鏡をかけ、それなりにピシッとしたスーツに青いネクタイを締めた……典型的な日本のサラリーマンの格好をしていたからだ。

 いくらなんでも、ギャップが酷すぎる。


 (これは……何かの詐欺、とか?)


 だが、詐欺なんかして身代わりになるやつにあるメリットが思いつかない、と雛菊は首をかしげた。

 まあ多分本物だろう……そういうことにしておこう、と処理して、雛菊は満面の笑みを浮かべて、一言居士氏らしい人物へと述べた。


 「ようこそいらっしゃいました! 一言居士さん、今日であなたの人生は終わりを告げたのです……」


 テンプレにあるような適当な言葉を並べていく。

 ルーチンワークだが、裁判でもないし、ただの案内役でしかない自分ひなぎくが、そこまで責任を持つ義務なんてないだろう、と。

 あとは適当に鬼籍謄本きせきとうほんについての説明と、こちらへの移住に際しての注意事項を口頭で聞かせれば、仕事は終わり……のはずだった。

 はずだった、というのは、予定が大きく逸脱したからだ。


 「終わった? 俺の人生が、終わったのか?」


 一言居士氏は驚いたような顔をしていた。

 そう、人間は死ぬと意識が朦朧もうろうとして自分が今どうなっているのか分からなくなる。

 要するにぱーになる訳だ。

 生前に行とかを積んだりでもしていない限り、意識が明晰めいせきになることはないとか。

 だから、このようなぱーに分かりやすく説明する義務が、鬼籍課には課せられている。


 「はい……」


 なるべく平坦な調子で、且つしんみりとした口調でもって、雛菊は言った。


 「残念ながら、あなたは先程トラックに撥ねられたのです」


 「ひゃっほぉ~いっ!」


 と、突然一言居士氏の歓声が上がった。

 彼はこともあろうに狂喜乱舞きょうきらんぶしているではないか。


 (……は?)


 意味が分からない。


 (何だこいつ……)


 トラックに撥ねられ、パーになったんじゃないだろうか――胡乱な目で一言居士氏を凝視する雛菊は、何と言うか不気味に思うのだ。

 トラックに撥ねられるということは、自分の人生が終わったと言うことで、ではそれがどういうことかを、少しでも想像力があれば喜ぶところではないのが分かるからだ。

 もう、誰にも会えないのだから、本来は悲しむべきはずの場面……それが常識ではないか!

 何故一言居士氏が喜んでいるのかが皆目検討もつかない雛菊だったが、しかしその理由はすぐに氏の口から聞かされることになった。

 すなわち――


 「……ってことは、異世界転生ってことでいいんですよね!?」


 彼の言葉で世界が停止したかに思われた。


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