第7話「来世」を見る

 「つまり、言い方が悪かったんだ!」


 一言居士氏が自省していた。


 「なあ、お前ならどう考える?」


 「えっ!? ……私ですか?」


 急な質問に何と答えればいいんだろう――と雛菊が返答に詰まり、でも何とか答えようとしたが、しかし氏は人の話を聞く人物ではない。


 「結局、あのオカ――は俺に意地悪して、最高の人生を出し渋ってただけじゃねえのか?」


 「そんなことは……ないと思うけど――」


 無いと断言したいところではあったが、しかしそれだけの根拠が、そして自信が無かった雛菊だった。


 「ま……まあ、でも――もしかしたら、課長だって間違っていたかもしれないじゃない? 気を取り直してさ、鏡を見てみたらいいんじゃないかな……?」


 「……そ、そうだな? そうだよな! そうしよう――」


 と怪しげな鏡――六道鏡――とか言うらしいそれへと覗き込む一言居士氏。

 鏡に映った顔が水面に石を投げた後のように波打ち始め、その来世だろう姿を映し出したのだ。

 映し出されたのは、かわいい玉のような赤ちゃんだった。


 「……これが、あんた?」


 ギャップに思わず笑い出しそうになる雛菊をジロリと睨みながらも、一言居士氏は食い入るように鏡を見つめ続ける。

 確かにイケメンで、家は都内に豪邸を構えるほどの資産家で、幼稚舎から大学までのエスカレーターな子供時代は受験戦争とは無縁で、やりたいことができる十代の時間は、とても貴重なものと言っていいはずだ。

 幼少時からの人間関係は、社会に出た時により強いコネとして生きるだろう。

 いうなら、鏡の中の来世の彼は、経済資本カネ人的関係資本コネに恵まれた、人生の出だしとしてはかなり良好なスタートを切っていた。

 六人に一人が貧困とされる衰退国家において、この出だしは幸運といって何ら差し支えない。

 幼なじみの美少女な子が慕ってくれている……それも、この無職の垢抜けないジャージ姿だった一言居士なんて微妙な戒名を貰ったような青年がだ。

 そんな彼だが、こう不自然なほどモテた。

 同性が嫉妬し、異性があらゆる権謀術数けんぼうじゅつすうを尽くして奪い合いを繰り広げる、彼の行くところには必ずハーレムが作られるのだった。


 「ん……!?」


 と雛菊が異変に気づく。


 「○○様……お慕い申し上げています……」


 と言ったのは、パーティーの席でのことで、彼の目の前にはあの時の幼なじみの姿があった。

 ところがだ。

 彼は、別の女の子たちを侍らせていた。

 それはいつもの光景で、大して疑問に思わなかった一言居士氏とは違い、雛菊にはこの異変の意味を分からないはずがない。


 「――!?」


 幼なじみの美少女が、彼の右の脇腹目掛けて近くにあったナイフを手に取って突き刺したではないか。

 そこには……肝臓がある。

 肝臓とは、肝腎とも言われるように、人体にとっての主要な臓器だ。

 何よりそこは、多くの血液が集まる場所でもある……そこをナイフで抉られたのだ。


 「○○様を殺して、私も死ぬ――!!!」


 幼なじみの少女の目は、悩みに悩んだ挙句、もうどうしていいか分からなくなった末の決断だったのだろうか……。

 まるで実体験をしたかのように、目を剥いて、全身からあふれ出すいやな汗を拭いながら、一言居士氏は鏡から目を逸らして四つん這いになっていた。

 息が荒く、よほど恐ろしい体験だったかのように、全身を硬直させている。


 「……そんな、そんなことって――」


 あってはならないはずの光景を見てしまったように、全身を震わせていた一言居士氏だった。


 「どうしてこうなった……!?」


 心底分からないとばかりに、一言居士氏は彼の身に起こるだろう来世での出来事を、幼なじみから惨殺される事件のことを何度も反芻はんすうしていた。

 あれからもう三時間もこうしている。


 (……これ、給料出るんだよね?)


 出ないのであれば、それは労基法に違反している。

 もう死ぬこともないけれど、それでも無給でこんな面倒くさい相手にいつまでも拘束されるのは、流石にうんざりさせられるものだ。


 「ねえ、本当に分からないの?」


 と雛菊がムッとしたように仏頂面で問いかける。


 「だって、おかしいじゃないか!」


 と宣う一言居士氏は、本当に分からないといった顔をしていた。


 「こう……イケメンだったんだぜ? それに女の子たちを侍らせてハーレム作ったって、みんな『○○様、さすがです!!!』なんて言ってくれてたんだ。やっぱり、あの幼なじみに問題があったとしか……」


 「……」


 思わずぶん殴りたい衝動に駆られる雛菊。


 (こいつは――あの幼なじみの子の気持ちを――いえ、待って!? これはまだ起きていない未来の話……起こっていない、起こっていない……)


 言っても無駄なのは、流石に分かってきた雛菊だったから、その衝動をどうにか押さえてから、しかし苛立つ声で一言居士氏へと言った。


 「ね……イケメンだったから幸せだとは限らないでしょ?」


 上司からの受け売りかもしれないが、一言居士氏は、あまりにも自分の属性について固執しすぎて、自身のスペックを、外的な属性を、富とかコネとか容姿とかいったものだけで人生が決まるという運命論的なものに囚われすぎている、と雛菊は指摘する。

 人生はそれだけで決まるものではない……鏡の見せた一言居士氏の来世の姿は、上司の言葉を裏付けるものであったが、しかしそんなことくらいで諦めることはないらしく、再び鏡へと顔を覗かせる一言居士氏。


 「俺は、俺の思う来世を見るまでは、決して引かない覚悟でこれと向き合う――!!!」


 そう決意を新たにして叫ぶ一言居士氏の言葉に、雛菊はうんざりした表情を浮かべながら、こう思うのだった。


 (……本当に、これ給料出るんでしょうね?)と。

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