第5話異世界の魔王様は名君だったとか
一言居士氏の顔が引き攣っていた。
ただそれではいつまでたっても話が進まないので、上司が切り出す。
「それで、続けてくださいな」
促されるようにして、一言居士氏が肉体など既にないのに、殴られた頬を押さえながら述べる。
「……第一希望の転生先は剣と魔法の異世界だ。生を受けるのは王族とか貴族の家だ、何不自由なく暮らしたいからな……それで
しばし考えるようにあごに手を当てていた上司が言った。
「却下!」
即断即決だった。
何の迷いもなく、快刀乱麻にばっさりと切り捨てる。
「何故だ? 望み通りのところに転生させてくれるんじゃなかったのかっ!?」
騙されたと言わんばかりに大仰に一言居士氏が批判するも、上司は冷静だ。
「だって、そんな異世界あたしは知らないし、あったとしても、現時点で鬼籍課はそことコンタクトを取っていないんだもの! 無い袖は触れないわ」
「チッ――」
と舌打ちする音が聞こえた。
「使えねえオカ――」
まで聞こえたところで、一言居士氏の身体が大回転する。
彼の顔の横では、壁に大穴があき、ヒビが氏の背中を走っている。
今度は右ストレートだった。
ハードボイルドな顔が一言居士氏へと近づけられる。
「何か、言いたいことがあるの?」
(あの独特のいやな感じ……うん、その点については同情するよ)
と雛菊は一言居士氏に視線を送った。
初めての同情と言えるだろうか?
「いえ……ありまぜん……」
強張った顔で、一言居士氏がか細い声で呟いた。
「それで……他には、第二希望とかはある?」
案内をするからには、助け舟だって出さないといけないのだろう。
上司のそれに、一言居士氏が気を取り直して言った。
「だ……第二希望としては、魔王のいる世紀末世界に転生、若しくは転移することだ。俺は勇者とか救世主としてチートを使って世界を救い、そんでもって美少女エルフとかケモ耳幼女とかを侍らせてハーレム囲って、面白おかしく余生を過ごしたい!!!」
またしてもアホな発言をする一言居士氏に、再び上司が繰り返す。
「それも無理ね!」
またも即答だ。
「何故だ? そこともコンタクトを取っていないのか!?」
苛立ちを覚えたように声を荒げる一言居士氏に、しかし先ほどとは違う返答が帰ってきた。
「違うのよ。そういう世界はあるにはあるわ」
「「え――!?」」
と目を丸くする一言居士氏、それに雛菊もだった。
「「あったのかよ!?」」
雛菊が突っ込み、一言居士の顔が輝きを取り戻した。
しかし剣と魔法の世界があると言うのに、どうして転生できないのかの疑問は解決されない。
「何でダメなんだよ?」
胡乱な目で氏が問い質そうとして……
「クレームよ」
上司が残念そうな顔をして言った。
「「クレーム?」」
一言居士氏だけではない、雛菊までもが、この意外な答えに首をかしげる。
「そう……その世界の魔王様はね、極めて全うな王様やってて、人間たちに差別と迫害を受けた亜人と呼ばれる種族たちを保護し、税金を三分の一にするなどの善政を敷き、度量衡の統一や交通網の整備みたいなインフラを整備して、結果経済は活性化して、未来への投資としての教育にも力を入れて、他の人間たちの国々よりも、ずっと進んだ制度を持っている国を造り上げたのよ」
「何だそれ……?」
一言居士氏が狐につままれたような顔をしていた。
それは雛菊だって同じだ。
(魔王って……バラ○スとかド○ルダーみたいなのじゃないの!? いやそれより――)
雛菊と同じことを思っていたのだろうか、一言居士氏が雛菊より早く、彼女が言わんとしたことを口にした。
「ちょ……ちょっと待ってくれ? さっき剣と魔法の異世界はないとか言わなかったか?」
「言ったわよ?」
首肯する上司に一言居士氏はおかしいと指摘する。
「剣と魔法の異世界はないのに、魔王や亜人がいる世界があるとか、おかしいだろ?」
「全然おかしくなんてないわよ?」
「どういうことだ?」
意味がわからない、という空気が流れる。
「だって、その世界は既に剣と魔法を卒業して、火器にシフトチェンジしてるし……大体超能力文明で、亜人と言ったって、それは人間たちが、人として認めていないだけだから、別に何も間違っちゃいないはずよ!」
「何だそりゃ――!!?」
と、雛菊が額に指を当て、一言居士氏が眉を寄せる。
「美少女エルフとかケモ耳幼女とかはいないのか?」
「勿論いるわよ、空想上の世界にね!」
つまり実在しないということだ。
「超能力文明って何だよ?」
やけっぱちに一言居士氏が問う。
それは雛菊も知りたかった。
「人間の持っている潜在的な力を引き出すという文明なのよ。魔法とは一線を画すものね。そもそも魔法とは悪魔と契約することで得る力だし、その魔法で魔王討伐とか、矛盾もいいところだとは思わない?」
異世界への幻想が音を立てて崩れていく音が聞こえた。
「因みに……その魔王の名は?」
「第六天魔王っていうのよ」
上司の言葉に、しばしの沈黙がその場を支配した。
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