第9話最終話 一言居士氏の転生
「誰でも……いいんだよな?」
「勿論だよ、適当な人を選んで、その人に善行をさせるの……今度こそうまくいきそうだね!」
と励ましつつ雛菊が何かを見つけた。
「ねえ、あの人なんかいいんじゃないかな?」
見つけたのは机に突っ伏したまま寝息を立てている会社員の男性だった。
「なあ……ここ、どう見ても会社で、深夜残業していたように見えるんだが……?」
訝しげな顔をして一言居士氏が心配そうな声で言った。
「だって、こんな時間まで働くようなパワフルな人なんだよ? もしかしたらやってくれるかもしれないじゃないっ!」
「……そう、かなぁ……」
「そうだよ、きっと!」
だから一言居士氏を会社員の枕元へと立たせる……どこが枕なのかと言われても、腕というしかないけれども。
「ひゅーどろどろ……」
幽霊といえばそんな
「お、おい……俺のために善行をしろ――」
唖然とした顔で、雛菊が一言居士氏を凝視する。
「な……あんた、頼み方ってものがあるでしょっ!?」
とんでもなく頼み方のへたくそな青年だった。
ぼっちだったのも嘘じゃないはずだ。
「な、何が間違っているって言うんだよ? 幽霊が枕元に立って何かを要求するって話だろ? それに善行をさせるんだから、多少の言い方なんて気にする必要が――」
「あ、あんた、ばっかじゃないのっ!? こっちはお願いをしてもらう立場なんだよっ? 普通は下手に出るものでしょうがっ!! 一体何を考えているのっ!?」
「いや……だから俺はもっといい来世をほしいから、こいつに善行をさせようとだな……」
「ううん……」
「だから、頼み方を変えなさいって話をして――」
「……うるさい」
「うるさくない! 私は――」
「うるさああああああああーーーーーーーーいっ!!?」
怒声が耳を
声の主は、一言居士氏のものではない、机に突っ伏していた会社員のものだった。
「「ご……ごめんなさああああああーーーーーーーいっ!!?」」
怒鳴り声に驚いて思わず叫びながら逃げてしまった二人だった。
「……失敗か。失敗なのか……」
しょげている一言居士氏を見て、雛菊は思う。
(こんな時、どうしたらいい……?)
思い巡らせながら、それでもいい案というのが簡単に浮かぶ訳ではないのだけれど。
少なくとも、
だが上司に言われたとはいえ乗りかかった船ではないか。
(でもこいつのこの拗らせ方は、相当なものだよ……)
本来のノルマを負うべき春菊に、もう一度押し付けるのも、いいかもしれない。
だけどここまで付き合ってしまった以上、今逃げてしまったら絶対に自分自身をを嫌いになるだろう……雛菊は意を決した時だった。
妙案を思いついたのだ。
だから、雛菊は最後の賭けに出ることにした。
『死者の書?』
春菊が鏡越しに出した回答に肯く雛菊が確認する。
鏡の向こうに映っていたのは、古めかしいセーラー服を着て、長い髪を二つの三つ編みにしている眼鏡をかけた少女だった。
「そう、と言ってもエジプトのやつじゃないけどね。ほら、ヒマラヤの辺りで発見された経典の方だけど……」
それを聞きながら、鏡に映った春菊はがちょと待ってとばかりに言った。
『確かにヒナの言う通り、人間が次の生に生まれ変わるまでの詳細を記した経典があったはずだよ……でも、そんなものはここにはないわよ? あったとしても、私チベット語なんて分からない!』
「チベット語?」
そりゃそうか――と雛菊へ春菊は畳み掛けた。
『当ったり前じゃない! それにあれは異端の経典なんだよ? 正統なものではないって――』
「そこを何とか、ねっ――お願いします!」
「ええっ? 探せって? あの――今、私不老不死薬の探索に行ってて――』
「元はといえばハルのノルマなんだよ? つべこべ言わずに、経典を読み上げてよ。多分翻訳されたやつだってあるでしょ?」
『でも……』
「分かった、分かったわよっ! このノルマを終えたら、ハルの探している不老不死薬ってのを、一緒に探しに行ってあげるから、それでいいよね?」
『本当っ!? ねえ、本当にいいのっ!?』
と嬌声が鏡の向こうから聞こえてきた。
『実は今樹海の真っ只中なんだけどさ――道に迷っちゃってて、でもヒナが一緒なら――やったぁ!』
(あれっ? 今さらっと何て言った……?)
その疑問に春菊は答えはしなかったけれど。
……かくして、経典が読み上げられた。
試みは一応成功した部類には入るだろう……そう満足気に雛菊は窓から外を俯瞰する。
まあ一言居士氏が教典を聞き、何を思い描いたかで、彼の次の生が決まるのは嘘ではないだろう。
ふと、雛菊にある思いが生じた。
「ああ――そうだ、確認しとこ!」
雛菊は六道鏡に向かって鏡越しに、一言居士氏の転生先を覗いてみた。
すると……
「――立派なお屋敷っ!?」
雛菊はどんと構える豪邸を見て、思わず嘆息が漏れてしまった。
恰幅のいい紳士に、それに傅くメイドや執事たちが行き交う赤絨毯が敷かれた屋敷。
どうやら西洋風というか鹿鳴館のような造りの家で、家人たちがそわそわしているところを見ると、どうやら出産間近のようだった。
ここに転生したのなら、少なくとも一言居士氏は、憧れの上級国民の一員となることに成功したという訳だ。
頭の出来は兎も角、少なくとも、人間の三大資本を手に入れたことは間違いない。
「……それになんだか、団欒とした家庭そうじゃない」
モデルとかアイドルとかを出来そうな美少女の姉たちが、今か今かと、その時を待ち望んでいる姿を見て、雛菊はそれを羨ましく思うのだ。
(名前なんか考えちゃって、微笑ましいなぁ)
「待って――これってハーレムじゃない?」
ちょっぴり妬いちゃうぞ☆
なんていたずらっぽく思ってみたりする雛菊。
そして、遂に産声が上がった。
生まれたての赤ちゃんを一目見て、これがあのひねくれていた一言居士氏だったのかと思うと、なかなかに笑える話ではないだろうか?
「うん、これはきっと将来美形になる顔だね……」
なんかムカついてきたとばかりに頬を膨らませ始めていた雛菊は思う。
(こうもあれこれと与える必要があったのかなぁ……)
そんな時だった。
助産師の声が聞こえたのは。
嬉しそうな声で、その助産師は言ったのだ。
「ほら、見てください! かわいい女の子ですよ!」
「さて……約束しちゃたし、春菊のところに行こうかな!」
口元を緩ませてから、雛菊は満足そうに微笑んだ。
鬼籍課は今日も荒れ模様 wumin @wumin
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