2-15 終景
■
「なっ……!?」
ノルマンドが目の前の光景を見て驚きの声を上げる。
金色の光が迸り、空から振り下ろされた巨大な雷撃の槌。
風は強いものの雨は降っておらず、勿論雷だって落ちてはいない。天候的には可もなく不可もない、そんなフィールドで。フェンリットが行使した雷の術式は、以前イーレムの中で見たものよりも遥かに凄まじいモノだった。
確かに、良識のある者は町の中で全力の術式行使など出来るはずもない。全力を出せば出すほど、周囲に与える被害の可能性は高まる。常人ならば無意識にセーブが掛かるものだ。
そしておそらく、
これまでのフェンリットの発言は全て挑発。ノルマンドの家族を馬鹿にし、アマーリエを見捨て、ただ自分が生き残るためだけの
現にフェンリットは、アマーリエを見捨てるなどと言いながら彼女を救っている。ノルマンドの意識からアマーリエを巧みに外し、彼女に持たせていた類感魔術の術式媒体を破壊、そのあとで魔王を殺した。アマーリエを殺して魔王も同時に消す方が楽なのに、だ。
とはいえ、常人であるが故のセーブだけでは説明できない威力の増加も見て取れるのは確か。
何が要因なのか。
あの装備で間違いないだろう、とノルマンドは踏んでいる。仮面とフードで顔を隠し、
その原理も理由も分からない。
だが、ノルマンドはもう戦うしかない。
魔王は失い、町を襲っている魔物も今は制御を外れているだろう。とはいえ冒険者と交戦してさえいれば、奴らは殺人衝動に身を動かす。町の襲撃は果たされるし、そもそも実験の結果はもう出ている。
つまり、魔王の
アマーリエと魔王を類感魔術で繋いだのはノルマンドの策だが、上から命じられていたのは魔王の使役と、そこから派生した魔物の制御だ。
最低限の役目は果たした。
だからもう、いいだろう。
そもそもノルマンドは、いつの日か、
【六道術師】の下について動いていれば、
標的は目の前にある。
その力は強大で、自分なんかでは倒すことが出来ないかもしれない。
それでも戦う。
ノルマンドは、フェンリットに背中を向けて逃げるという選択肢を、一切考えていなかった。
「おォォォおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
自分の限界を超え、術式を演算する。
地面を這う
機動力のあるフェンリットの逃げ場をなくすように、あらゆる方向から影の槍を伸ばす。木の枝を伝い、草葉の影を伝い、多方向からフェンリットを襲撃する。同時に別の術式を並行演算。空中に黒い魔法陣が浮かび上がった。フェンリットがスレスレで
影となっている場所や、暗い場所ならどんな座標からでも刺突攻撃を即座に繰り出せる高位の術式。魔法陣が現れ、槍が飛び出るまでのラグはほぼ無いに等しい。
フェンリットの背後にあった木の影に現れた無数の魔法陣。地面から飛び出る
――だが。
「それは予想できています」
フェンリットの呟きと同時、彼の背後に対魔術結界に防がれた。分厚い障壁に衝突した
段違いだった。
魔術師として。
障壁一つとっても、ノルマンドとは比べ物にならない完成度だった。
これが
"風"と"雷"の二属性に愛された魔術師であり、世界が認める英雄。その実力だった。
ノルマンドの様に、復讐心に引き上げられた復讐のための力とは違う。
「く、そァ!!」
――それが、どうした。
復讐心に身を燃やして何が悪い。
最愛の家族を殺された憎しみに、この身を任せて何が悪い。
――この感情は、この力は、全て俺自身のモノだ!!
(コイツを殺して、すべて終わりにする。だから、そのための力を……ッ!!)
願う。強く求める。
果たして応じたのは、人でもなければ神でもなかった。
ノルマンドの周囲を取り巻くように、
瞳は赤に、眼球は黒く。頬には血のような紋様が浮かび、両手の指が不自然に痙攣する。
「がァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
獰猛な殺意が全身から溢れ出し駆け巡るままに、ノルマンドは咆哮を上げた。力が湧き上がる感覚。その源は間違いなく、フェンリットへの"復讐心"――それを貪る『瘴器』だった。
戦う事だけに身体が最適化されていく。その他全ての機能を停止し、ただひたすらに目の前の敵を倒すことのみに執心する。
さながら、魔王の如く。
フェンリットはその様子を見て眉をしかめていた。
忌々しいものを見るように目を細め、負の感情を表現する。
「――殺ス」
瘴器による狂化はまだ完全ではない。だが今は、いち早くこの身体を動かしたかった。堪え切れず、といった様子でノルマンドが勢いよく地面を蹴る。
砲弾のようなスピードで駆け抜けたノルマンドは、握ったままの
フェンリットは冷静な表情でそれを受け止める。
ガッギィィィ!! という鈍い音が炸裂し、
二者は拮抗したかに見えたが、僅かにフェンリットが押されていた。
理由は一つ。
「瘴器による狂化……」
あなたも、か。
フェンリットの掠れるような声は、ノルマンドには届かない。
黒いコートから飛び出したフェンリットの足が、ノルマンドの身体を蹴り飛ばした。
腹部への衝撃によって吹き飛ぶも、あまりダメージは感じない。
それもこれも、瘴器による影響か。
素晴らしい、とそう感じた。
負の感情を力に変えるのは、これほどのものなのかと。
最適化は終わらない。
つまりまだ、ノルマンドの"力"には上があるということだ。
もっと強くなることが出来る。
そうすればあの男を……
「終わりにしましょう。あなたがこれ以上、狂化される前に」
――だが、無慈悲にもあの男は告げるのだ。
この戦いの終結、その宣言を。
「
術印を唱える。
無数の魔法陣が浮かび上がる。あの全てから風の刃が放たれると思うと、ゾッとするほどの数だった。
しかしあの攻撃は一度対応している。
『視界に収めた攻撃を同時に一つまで無力化できる能力』を並行して使えば、捌ききることが可能だろう。
ましてや今は瘴器によって強化もされている。
――問題はない。
「無駄ダァ!!」
「さて、どうでしょう」
フェンリットが魔法陣を置き去りに直進するのと同時、無数の風の刃が射出される。あらゆる軌道で、多方向から殺到するそれらを、ノルマンドは視野に捉えて俯瞰する。
そして、フェンリットが言う
「あなたが僕の攻撃を無力化した力、そのタネももう、割れています」
耳は、貸さない。
たとえその話が本当だとしても、姿さえ見失わなければ、フェンリットはノルマンドに致命打を与えることが出来ないのだ。
どんな強力な攻撃も。
「――視れれば、ね」
ノルマンドへと突っ込むフェンリットが薄っすらと笑った。
直後。
彼の身体が、
「あァァァああああああ!!!?」
網膜を焼かれる痛みに、ノルマンドは悲鳴を上げる。
何が起きたのか理解できない。
術式の予兆は一切なかった。
そもそも魔術による
――彼は知らない。
フェンリットの身を包む装備。あれがすべて『シア』と呼ばれる白狐による変身能力によるものだと。そして、彼女が返信する際に
そう。
唐突で強烈な光によって。
ノルマンドは今、
「クソがァァァあああああああああああああああ!!!!!!」
「地獄で会いましょう、ノルマンド。その時は、甘んじてあなたの復讐を受け入れます」
復讐に囚われた黒き
その男が最期に見た光景は、ただひたすらの『白』だった。
暗躍英雄のアフターライフ ~魔神討伐の"陰"の立役者、正体を隠して漫遊す~ 瀬乃そそぎ @snowframe28
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