2-14 『不滅』の崩壊、終結へのカウントダウン
一つ目の壁である『不滅』の魔王。
これに関しては一見どうしようもなく見えるが、実際のところそうとも限らない。
類感魔術とは本来、『対象がそれぞれ人型』程度では発動させることは出来ない。魔王とアマーリエを類感魔術でリンクさせるには、圧倒的に類似性が足りないのだ。
つまりそれを強引に結び付けているのには、何かしらの外部要因があるということだ。
前提として、二者をつないでいる類感術式は相当高位のモノだ。本来瘴器で構成されている魔王の身体を、関係なしとばかりに超高速で再生させるほどの術式だ。
そしてそれを発動するために、何かしらの媒体を扱っている。魔術を発現させるために、犠牲としたものがあるはずだ。
それも既に、見当はついている。
(おそらくは奴の左眼)
フェンリットが初めて見た時から、この魔王は左眼を失っていた。
おそらくそれが、魔術を行使するための代償であり、媒体なのだろう。くり貫いた左眼をアマーリエに持たせることで、二者をリンクさせているのだ。
それさえ破壊すれば、『不滅』の魔王はただの魔王へとなり下がるはず。
問題はどうやって左眼を破壊するか、だが。
「そうか。それでも貴様は、まだのうのうと生きていたいとそう言うのか」
ノルマンドの底冷えするような言葉は、死ぬつもりなどないと意思を新たにしたフェンリットへと向けられている。
ここでどう動くのが最適か模索する。
ノルマンドも、媒体である左眼をアマーリエ自身で簡単に壊せるようにはしていないだろう。しばらくすればアマーリエも魔術が使えるくらい回復するかもしれないが、それを待っていられるほど余裕のある状況でもない。
ならばやはり、ここは――
「ええ。あいにく僕はこんなところで死ぬつもりはないもので。ましてや、殺したかどうかも覚えてない、僕にとって"その程度の認識でしかない"死人の、縁者の復讐に付き合ってやる義理はない」
「……貴様」
明らかに、ノルマンドの表情が豹変する。
しかしそれはフェンリットも同じだった。中性的に整った顔を凶悪に歪め、心底侮蔑するような声で言う。
「それにしても、まさか殺した人の家族が現れるなんて思っていなかったよ。なんだっけ? 母と、父と、妹だったか? ああ、あんたのような人間を生むくらいだから、きっとその家族とやらもクズみたいな最底辺の人間だったんだろうなぁ!?」
僕が殺しておいてやったよ。
そう言えば、ノルマンドの周囲で壮絶なまでに闇器が暴れだす。その中には瘴器も交じっており、彼の怒り、憎しみが相当なものだとよく分かった。
「貴様ァァァああああああああああああああああああ!!!!!!」
「分かってんのかノルマンド。あんたは僕となんら変わらない、
――ひたすら、ノルマンドを煽る。
感情の動きが魔術の威力に関わるかと言われれば、それは否である。確かに強い感情は
しかし、それだけだ。
感情が意識領域のリソースを奪うからだ。
アイツが憎い、腹が立つ。
そんな
復讐に囚われたノルマンドの、その感情を逆手にとって戦力を奪う。
「殺されて当たり前だよなァ!? あんたみたいなクソ野郎を生んでしまったんだからなあ!!」
ノルマンドの足元から黒い影が無数に伸び、フェンリットへ向けて殺到する。地面から飛び出る黒い槍は、フェンリットの逃げ道を作らないように刺突を繰り出してきた。
逃げ道? 必要がない。
今の彼なら、
《どうやらあの男は、フェンリットを本物のクズだと思い込んで、煽動だと気が付いていないようですね》
(あながち間違いではないけれどね)
驚異的な反応速度で、的確に対魔術障壁を展開。無駄に面積の大きなものではなく、一点集中、貫き槍を的確に防ぐためだけの壁を生み出す。
「ああ、そうそう。あなたに一つ言っておくことがありました」
「……なにをッ!!」
こともなげに完封され、流石に焦りを交えた声でノルマンドが怒鳴る。
応じるフェンリットは涼しげな声。
「魔王の『不滅』の正体、残念ながら分かってしまいました」
その場から動かずにノルマンドの攻撃をあしらったフェンリットへ、魔王が飛び掛かる。巨大な体躯をもってして彼を圧し潰そうとした魔王だったが、それは叶わなかった。
黒い巨人は、空中に身体を浮かばせていた。
フェンリットが、魔術による圧倒的な風力で巨躯を持ち上げているのだ。
全方位から暴風を浴びせられ、身動きが取れず空中でもがく魔王を無視し、フェンリットは言う。
「そこの彼女と魔王を類感魔術で繋いだんでしょう? それも、禁術レベルの凄いやつを。いやいや流石です。おみそれしました。彼女が僕の大切な人だと勘違いし、そんな人を依り代にすれば僕が手出しできないと思った。いい作戦でしたね」
ノルマンドがギリッと歯を噛み合わせる。
「でも残念! 僕は彼女を見捨てることにしました。だからあなたは焦ったんですよね?」
嘲笑を浮かべ、フェンリットは続ける。
「もしも彼女が死ねば、魔王の『不滅』の効果もなくなる。いや、不滅でなくなるどころか、リンクを解かなければ魔王も死ぬのか」
「……クソが」
「いやほんと、目論見が外れてしまいおつかれさまでした。種が割れた以上、僕が彼女を尊重する理由は本当になくなったわけだ。むしろ、今の彼女はあなたにとっての足枷になってるんじゃないですか?」
人質にしていたはずの人間が、かえって足枷になっている。
今、ノルマンドの頭の中では損得勘定が渦巻いていることだろう。
アマーリエの事を見捨て、頓着しないと言い張るフェンリットから、アマーリエを守りながら戦ってでも魔王の『不滅』を維持するか。
それを諦めたうえで、ノルマンド自身もアマーリエを捨てて全力で戦うか。
――どちらにしろ、フェンリットは構わなかった。
もしもアマーリエを守ってくれるのならば、勝手に守って重荷にしてくれ。その間彼は、全力でノルマンドを追い詰めるのみだ。ノルマンドを倒してしまえば、魔王に掛けられた類感魔術は解け、不滅は終わる。もし解けずとも、魔王には『媒体の左眼を破壊しようとするフェンリットを阻止する』なんて明確な意思はない。容易に媒体を壊し、不滅でなくなった魔王を倒せば終わりだ。
逆に奴がアマーリエを見捨てたなら、その場で即座に彼女を救い出し、左眼を破壊してから戦うだけ。
強いて言うならば、前者の方がやりやすかった。
ここから状況が悪転することはない。
故にフェンリットは口を回す。
「なあノルマンド。復讐したいんだろう? 僕を殺したいほど憎いんだろう? ならいい加減あんな女は見捨てて、あんたが本気で戦えよ。それともなにか?」
ニヤリと、物語の悪役のように嘲笑する。
「あんた、自分ひとりの実力じゃ僕に勝てないのか?」
空中に浮遊させていた魔王をノルマンドへと放り投げる。轟々と風を切って飛来する巨大な肉の砲弾を避けて、ノルマンドは舌打ちした。
「まあいいや。それなら僕が彼女を殺します。そうすれば魔王も死んで、邪魔なものは一切いなくなる。敵は僕に勝つ自信のないあなた一人だけだ」
アマーリエの表情は驚きで染まっていた。
目の前の光景が信じがたいものだったかのように。
幻想を打ち砕かれ、凄惨な現実を突き付けられたかのように。
ただ、フェンリットを怯えた目で見ていた。
仕方のないことだ。
今のフェンリットは、何も知らない人がはたから見れば正真正銘のクズである。誰がどう見ても、好感を持てる要素は一つもない。
町を滅ぼした。それに巻き込まれて死んでいった人の家族に、最低な言葉を叩きつけた。自分が死なないために、人質になっているアマーリエを見捨てる選択をしたどころか、積極的に殺してしまおうとする。
そこに、他人が見る表面上の彼に、プラスの要素など一つもない。
だから仕方がない。
――彼女の瞳に、『軽蔑』の色が混じっても、仕方がない。
そう、自分に言い聞かせる。
「フェン、リットさん……」
アマーリエの頬を一筋の涙が伝う。
――嫌われただろう。幻滅されただろう。でもこれが、世界で英雄と謳われる、
(だけど)
戦うと決めた。
見損なわれるくらい、どうってことはない。
「(どうってこと、ない)」
「――クソッ!! 魔王、あの女を守りながら
焦りを交えたノルマンドの怒声が響く。
それに応じ、魔王はフェンリットからアマーリエを守る位置取りへと変える。
想定していなかった選択肢。ノルマンド自身が守るでなく、切り捨てるわけでもない。意識すらしていなかった第三の選択肢。
だが。
「ダメですよ、それじゃあ」
気が動転でもしているのだろうか。ノルマンドが冷静な思考を出来ていないのは明らかだった。
不滅さえなければ何度と出し抜ける魔王を相手に、アマーリエを奪い返すなど容易に決まっている。
その進行を阻むように、
「術式の精度が落ちてますよ」
やはりノルマンドには余裕がないようだった。
雑な攻撃を軽快な身のこなしで回避、時に破壊しながら、フェンリットは魔王との距離を詰め切る。
白く臭い息を吐き、爛々と輝く眼光を向けてくる巨大な魔王。
だが、
「やらせるかァ!!」
地面を蹴り、猛烈な勢いで接近するノルマンド。振りかぶった
それがフェンリットの首を刈り取ろうと猛威を奮う――その直前に、ノルマンドの身体は吹き飛ばされた。
「
「ぐォォォおおおおおおおおおおおお!!!???」
予想通りだ、と。
即座に魔王へと意識を戻り、単調な攻撃を楽々と回避。背後を取り、そこで縮こまっていたアマーリエの身体を担ぎ上げる。
「ッ!?」
「雑な扱いでごめんなさい」
肩にアマーリエを担いだまま、フェンリットは魔王とノルマンドから距離をとる。
そのまま彼女の身体を拘束していたものを破壊。身動きが出来るようにした後で、不自然に装備が盛り上がっているところに手を差し入れる。
《な――ッ!?》
「ひゃっ!? な、なにを!!」
二人の声を無視し、フェンリットはアマーリエの懐から球体のモノ――魔王の左眼を取り出した。
予想は的中したらしい。赤白い光を伴う眼球を、手の中で展開した風の刃で木っ端微塵に切り裂く。ドロリとした流体となったそれを払い落とし、フェンリットはアマーリエを地面へと下した。
一連の眺めを見ていた彼女は、疑問の声を上げる。
「い、今のは……」
「あなたと魔王を繋いでいた類感魔術、その媒体を破壊しました。これで正真正銘、あなたはただの"足枷"になりました。出来ることなら自分でここを離れてほしいですが――無理そうですね」
今も尚、彼女は自分で動けるほど回復していなかった。
アマーリエは背中を向けるフェンリットに問う。
「フェンリットさん……あなたは、邪魔な私を殺すのではなかったのですか?」
「……、」
「一体何が、真実なんですか……?」
会話をする二人を待つ魔王ではなかった。
身体全体を使って巨腕を振りかぶった魔王は、大気を揺るがす殴打を放つ。
しかしそれが、フェンリットに直撃することは無かった。
「全て、真実です」
グシャアッ!! という音と共に、魔王の腕が弾け飛んだ。
何が起きたかは単純明快、フェンリットが風の刃をぶち当てたのみである。完全に魔術特化の今、彼の術式の威力は魔王の魔抗力を遥かに上回る。
そして、『不滅』の術式が崩壊した今、魔王の身体はそう簡単には再生しない。
片腕を失った魔王は、しかし痛覚を感じず止まることを知らない。
ただひたすらに、目の前の人間を殺すべく攻撃を放つ。
恐怖心を持たない相手というのは厄介な場合が多い。
だが、圧倒的な力の差がある時、得てしてそれは作用しないものだ。
「お前はいい加減、消え失せろ」
――そして、空から振り下ろされた雷の一撃が、魔王の身体を完全に消滅させた。
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