第10話

玄関に行き、つんのめりそうになりながらサンダルを履き、鍵もかけずにトイレへと向かいました。


また同じでした。


見てみると個室のドアが少しだけ開いています。


私はノックもせずにドアを開けました。


予想通り。


中にじいさんの姿はなかったのです。



今回も当たり前のことですが、騒ぎになりました。


仁科のじいさんは右足が悪い以外は頭も身体もしっかりとしていて、ぼけて徘徊しそのまま何処かへ行ってしまうという可能性はない、と判断されたからです。


足が悪いので遠出することもままならないはずですし。


唯一近くにある公共機関であるバスにしても、地元密着の運転手は仁科老をよく知っていて「あの人はここ一ヶ月ほどはバスには乗っていない」と証言したのです。


だとしたら、どうやってそんな老人が姿を消したのか。


おまけにこの人口の少なさでは県内でもトップクラスのこの地区で、たて続けに二人も行方不明になったのですから。


実際のところは二人ではなくて、私が知っているだけでも少なくとも三人なのですが。


とにもかくにも、刺激の少ない田舎の住人たちを不安にさせるには、充分すぎるほどの事件です。


仕事ももうやめてしまって、子供たちも独立し、毎日時間が有り余っている人たちが噂話、井戸端会議に花を咲かせ、さまざまな憶測、推測、でまかせが次から次へと飛び交い、よそ者の私の耳にもはいりましたが、わたしはそれらの話を何ひとつ覚えてはいません。

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