四十六食目 決意の関西風イカ焼き

 ー前回のあらすじー

会社に行くと、名古屋のカフェで出会った神狩 香澄と再会。なんと彼女は、大手ブライダル会社の社長だったのだ。それだけでも驚くのに、神狩はなんと、樹と智里を他社合同ブライダルフェアの宣伝モデルに抜擢。返事はまた後日という事で、神狩は帰ってしまった。悶々としながら家に帰ると、お祭りに行って来た妹夫婦が屋台飯を持って遊びに来ていた。そして、屋台飯を食べながらーー。


「私と、モデルの仕事をしませんか!?」


 いきなりの事に頭が着いて来れず、更には樹が言っている事が脳内処理されず、ただただ何回も再生される。樹が勤めているのは、広告会社の筈。それなのに、モデルとはどういう事なのだろうか。考えが纏まらず頭を抱えていると、樹が慌てて立ち上がった。


「す、すみませんっ。急にこんな事……。実はーー……。」


 今日、会社であった事を一から順に話し、そして、樹自身の思いを伝えると、漸く智里の頭の中が整理されていった。


「……なるほど。旅行先で会った女性が、実は大手ブライダル会社の社長さんで、その方がフェアの宣伝モデルを探していると……。」

「はい。そ、それに、こ、ここ……していますし、デモンストレーションとして、体験するのも良いかと……。」


 肝心な所が小声になってしまっているが、樹がどう考えているのかもはっきりした。フェアで色んなカップルの一員として参加するより、写真はずっと撮られるがモデルとして出た方が臨場感も出る。婚約している仲なので、確かにデモンストレーションとしては良い機会かもしれない。だがーー……。


「撮影予定日が?」

「来月の中頃……。それも、一週間です。」

「学祭の準備真っ只中ですね……。」


 丁度、学祭の準備で忙しい時。しかも、今年は飲食店ではなくアトラクション系なので、準備に時間と人員がかかる。上手く采配出来れば良いが、何が起こるか分からないので、抜けるのは容易ではない。


「うーん、やってみたいんですが、学祭の準備もあるんで、あまり長くはちょっと……。」

「で、ですよね……。って、え……?」


 聞き間違いじゃないかと、樹は耳を疑った。智里を見遣ると、どうしようかと顎に手を当てながらブツブツ言っている。その姿を見ると、聞き間違いじゃなかったと知った。


「ーー……あの、樹さん。」

「あ、はは、はいっ!? ななな、なんでひょっ!?」


 賛同してくれたと、内心嬉々としていたら、不意に呼ばれて声が裏返った。見遣ると、上の空だった樹を心配そうな表情で見詰める智里と目が合った。


「大丈夫ですか?」

「え、えええ、ええっ。大丈夫でふっ。」

「ふふっ、そうでふか。」


 微笑みながら真似をされ、樹は恥ずかしくなって頭を掻きむしり、落ち着いた所で一つ咳払いをすると、智里に向き直った。


「え、えっと、さっきの話からして、モデルの件は了承したという事で大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。と、言いますか、その社長さんの秘書の方が大学に来られたんですよ。」

「えっ!?」

「企画書も頂きましたし、説明も受けたんですが、樹さんから言われない限りは、私の方から言わないでおこうと思っていたんです。あ、勿論、返事は未だしていませんよ。」

「な、何故……?」


 問うてみると、智里は段々と顔を赤らめながら目線を彷徨わせ、もじもじしだした。何か言いたそうに口をモゴモゴさせている。何か弱みでも掴まれているのだろうかと勘繰り始めたその時、肩をすぼませながら小声で呟いた。


「……さ、撮影とはいえ、ウエディングドレスとか着れるんだもん……。ちょ、ちょっとだけでも、予行演習になるかな……て……。でも、私が乗り気でも、樹さんがダメなら、独り善がりになっちゃうから……。」


 恥ずかしそうに言う智里を見て、樹までもが顔を真っ赤に染め上げた。まさか、智里も同じ事を考えているとは夢にも思わなかった。否、智里の方にも使いが行っている事自体を知らなかったので、しょうがなかった。ゴホンッとワザとらしい咳払いをした樹は、真っ直ぐに智里を見詰めた。


「じゃ、じゃあっ!! 日にちの調整は、私に任せて下さいっ!! 神狩社長に、直談判しますのでっ!!」

「は、はいっ!? で、では、お願いしますっ……。」


 忠犬の様に「期待してくれ。」とでも言っている目に、智里は実家で預かり飼育している犬達を思い出した。目を爛々とさせ、「絶対にやってみせる。」と張り切り、頭を一撫ですると嬉しそうに吠えてから持ち場に走り出す。そんな光景を見ていた時期があるものだから、今の樹が主人の事が大好きな犬に見えてしょうがない。ぼんやりとしていると、今度は樹がもじもじしだした。それに気付いた智里は、首を傾げた。


「どうされました?」

「あ、あの、手……が……。」

「手……?」


 言われて自身の手を見ると、樹の癖っ毛を弄ぶ様に指先で弄ったり撫でたりしていた。無意識にしていたので、指摘された事で自覚し、一気に顔に熱が籠った。そして、瞬時に手を離した。


「ご、ごごご、ごめんなさいっ……!! かかか、勝手に、手が……!!」

「い、いえ……。大丈夫、ですので……。」


 二人して顔を真っ赤に染めながら少し距離を取る。気まずさと恥ずかしさで、どう声をかければ良いか分からず、視線を反らしながら腕を組んだり頭を掻いたりする。暫く沈黙を保っていたが、それに耐えれなくなった智里が口を開いた。その時、沈黙を破る様にインターフォンの音が鳴り響いた。二人してインターフォンのモニターを見ると、一人の男性が立っていた。またインターフォンの音が鳴り響くと、弾かれたように樹は走った。


「あ、は、はいっ!! どちら様……。」

「夜分遅くに、すみませんーー……。」


 樹が男性とインターフォン越しに話しをしているのを遠巻きに眺めていた智里は、未だドキドキしている胸に右手を当て、左手薬指に嵌めていた婚約指輪を見詰めた。これを見ていると、いつかはお互いの両親や親戚、職場の人、友人を呼んで結婚式を挙げるんだと考えさせられる。この事に、胸の高鳴りとは別に、一抹の不安を感じていた。樹の事は勿論好いている。だが、智里自身、未だ学生の身だ。学生生活はまだまだこれからだし、卒業後の進路についても考えなくてはならない。「女性の人生のゴールは、結婚して家庭を持つ事だ。」とは、よく聞くが、智里には獣医師として動物達を助ける仕事がしたいと、小さい頃から夢見てた。


「……どうしたら……。」


 両立出来るのか不安に狩られて呟いた言葉は、未だインターフォンに向かって喋っている樹には届かなかった。だが、か細いこえはハクには聞こえた様で、智里の足元を心配しているかの様に智里を見上げながらグルグルと歩き回っていた。そんなハクに、少しだけ心が緩んだ智里は、屈んでハクの頭を撫でた。


「……ごめんね、ハクちゃん。心配かけちゃって……。」

「ワンッ。」

「未だ先の事なのに、今から不安がってちゃダメだね。」

「ワンッワンッ。」


 元気な鳴き声に元気を貰った智里は、ハクを抱き上げた。


「ねぇ、樹さ……あれ?」


 まだ話しているだろうと思って話しかけたが、そこに樹の姿は無かった。自身がボンヤリしている間に、お手洗いか何処かに行ったのだろうか。辺りを見渡していると、玄関のドアが開いた。


「すみません、少し出ていました。」

「あ、樹さ……。」

「どうも、前田さん。」

「え、佐伯君? どうしたの、こんな遅くに……。」


 樹と一緒に入ってきたのは、同じ科の佐伯だった。何故、ここに来ているのか疑問に思っていると、佐伯は気不味そうに視線を彷徨わせた。


「い、いやぁ、放課後に前田さんがスーツ着た人と喋ってるの聞いちゃってさ……。それで、気になって…。」

「……そっか、聞いてたんだ。」

「本当は、直ぐ話したかったんだけど、学祭の事でゴタゴタしてて……。」


 一応、仕事の話しだったので、応接室に通されて話しをしていたのだが、聞こえてしまっていたらしい。だが、後日改めて皆には話そうと思っていたので、佐伯だけでも来てくれたのは都合が良かった。


「……あのね、佐伯くーー。」


 一つ咳払いし、今回の件について話そうとしたその時、盛大にグゥーッと腹の虫が鳴った。さっきまで屋台飯を食べていた二人のお腹ではない。だとするとと思い、佐伯を見ると、お腹を押さえながら顔を真っ赤にさせていた。目をパチクリさせていると、小声で「すんません……。」と謝られた。それに、二人はクスリと笑うと、智里は佐伯の手を握り、樹は背中を押した。


「話しは食べながらしましょう。」

「樹さんの言う通り。さぁ、上がって上がって。」

「えっ、あっ、ちょっと……。」


 戸惑う佐伯を他所に、智里と樹はダイニングへと促した。そして、イスに座らせると、二人でキッチンへと消えた。残された佐伯は、勝手に帰る訳にもいかず、ソワソワしながらイスで縮こまっていた。


「ーー折角なので、双葉が買ってくれたイカ焼きをアレンジしましょう。」

「はいっ。」

「では、お好み焼き粉一〇〇グラム計って、水一七五ccで溶いて下さい。」

「分かりました。」


 指示を出すと、智里はテキパキと準備をし始める。その間に、樹はトレイに入ったイカ焼きを一センチ幅に切っていき、更にキャベツをボウルいっぱいに千切りにしていった。


「樹さん、出来ましたよ。」

「ありがとうございます。では、智里さんも一緒に焼きましょう。先ずは、フライパンに油を引いて熱し、そこに生地と卵を入れ、切ったイカ焼きと千切りキャベツをたっぷり散らして蓋をし、蒸し焼きにします。」


 注いだ瞬間、ジュワッと良い音が響いた。イカ焼きの冷えていたタレが熱され、蓋の蒸気口から香ばしい香りが漂ってきた。その香りに満腹だった筈のお腹が刺激され、グゥーッと樹の腹の虫が鳴った。不意に鳴ったものだから気恥ずかしくしていると、智里がクスリと笑った。


「さ、さてっ。キャベツがしんなりしてきたら、生地で挟み込む様に半分に折り畳みます。」

「ん、しょっと……。よしっ、出来ましたっ。」

「では、皿に移して、ソースとマヨネーズ、青のりに鰹節をトッピングしたら、関西風イカ焼きの出来上がりですっ。」


 大皿に盛られたイカ焼きをカウンターに乗せると、佐伯が身を乗り出してきた。香ばしい香りが届いていたのか、口端からは薄らと涎が垂れている。樹は、智里に先に持って行く様伝えると、自身の分を手早く作り出した。そして、出来上がったのを持ってダイニングの方へ行くと、ご飯を目の前に待てをしている子犬のごとく、「早くっ、早くっ!!」と言っている目をした二人の視線とかちあった。


「では、頂きましょう。」

「は、はいっ!! いただきますっ!!」

「いただきます。」


 我慢の限界だったのか、勢いよくがっつく。智里も、箸で大きく切り分けて齧り付く。二人して口周りにソースとマヨネーズを付けながら食べている様子を見て、クスリと笑いながら樹も食べた。


「あっふっ、はふっ、うんっまっ!! 中のイカがコリコリしてて、柔らかくなったキャベツと馴染むーっ!!」

「はふっ、はふっ、ぅんっ、追いソースも合いますねっ。」

「はっ、ふっ、んんーっ、はぁ……。実はコレ、鈴井さんから教えて頂いたんです。昔、彼女さんが作ってくれたとかって。」

「へぇ、そうなんですねっ。」


 楽しく談笑しながらイカ焼きを平らげる。佐伯が二枚目を所望し、樹が作りに行ったその時、智里は佐伯に声をかけた。


「……あのね、佐伯君。さっきの事なんだけど……。」

「あぁ、スーツ着た人との事?」

「うん。実は、お仕事の案件で来られてたの。それも、モデルとして。」

「……モデル?」


 佐伯は水を飲んでいたコップを置いて、智里に向き直る。そして、放課後、秘書の人と話していた事を佐伯に話したーー。


「ーー……そっか、そんな話が……。」

「ごめんね、学祭近いのに勝手に決めて……。でも、やりたいって思って……。」


 そう言って深々と頭を下げると、佐伯はコップに残っていた水を飲み干し、長く大きな溜め息を吐いた。


「あーもーっ、そんな畏まらないっ。前田さんが決めたんでしょうがっ。だったら、俺達だって全力でサポートするからっ。」

「佐伯君……。」

「出し物については、未だ何にするかを決めてる最中なんだし、去年前田さんと片岡さんには世話になったんだから、出し物の発案だけでも手伝ってくれたら、準備は俺達で頑張るよ。」

「そ、そんな、迷惑かけちゃう……。」

「だーいーじょーぶっ!! 獣医学科の結束力を舐めちゃ困るよっ。それに皆、前田さんと片岡さんの事、応援してるんだから。その時が来たら、絶対呼んでよね。」


 最後の方は耳元でこっそり言われ、一気に顔が熱くなった。してやったりと言った表情で、ブイサインを送った佐伯に、智里も照れながらブイサインを返した。そして、頃合いを見計らった様に、樹が追加のイカ焼きを持って来たーー。


ー本日のメニューー

・関西風イカ焼き






END

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冴えないサラリーマンの、冴える手料理 @tsukumo-yuhki

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