最終話 グロッタ
コンビニ前で煙草を一本吸ってから、自転車を漕いで、一度も止まらずに家に帰った。
男は、抱かれたいと思える男を秘めて生きている。僕の場合は、自分とおそらくほとんど同じ年齢で、男に毎日抱かれている女装おじさんだった。
女みたいに抱かれたい彼女持ちの男と、女になりながらペニスで男みたいに男を犯す男がセックスした。今度は自分が女装しようかと思ったけれど、女装して四つん這いになっている自分と、しないで四つん這いになっている自分の心の差があまりなかった。撮影してもらうことを頼めなかったのが、心残りだった。
尻の穴が開きっぱなしであると、家の廊下を歩きながら分かった。リビングで母がお笑い番組を見ていた。
「おかえり。どこ行ってたの?」
「近所の立ち飲み屋」
僕は風呂に入ってパジャマに着替えた。
「一人で十分。でも私にも体力があるうちじゃないとね。あと五年。あと五年は大丈夫だから。一人産んでくれたら十分」と母は唐突に話し始めた。
「うーん、いまの彼女はちょっと」と僕は言った。
「どうするかはっきりしたら。お父さんの会社であんなに頑張って働いているのに。今さら。鳥取まで行ってるのよ」
「うーん。今度、子どもについて、言う」
「その前に結婚式は? 指輪は? ボーっとしてたら、親戚みんな死んでしまうよ」
この会話のやりとりはもう一年以上繰り返している。その前も、もっと前の彼女もそうだったかもしれず、「今度言う」で今度言った試しが無かった。
今度こそ、言えるだろうか。
そういえば、風俗店からの帰り際、女装おじさんと一緒に着替えている時に「深夜に回転寿司とか食べたくなりませんか。朝まで開いているところ、あるでしょ? 一〇〇円のやつ。太るけれども」と、話しかけられた。
あれはきっと、後で待ち合わせて食べに行こうという誘いだったのかもしれない。だから、それを普通にスルーしてしまったから、「もう指名しないでしょ」と、最後に聞いてきたのだ。商売と言えども、あんなに優しい人だったのに。
処女を喪失した尻穴は誤魔化しようもなく痛く、自室でオロナインを塗った。部屋から出ると、洗い物を終えた母が座椅子に腰を下ろし、またリビングでテレビを見始めた。僕は母のそばに座り、肥満のお腹をぽんぽん叩いた。
母は「誰もいないわよ」と言う。
耳をあてると母の胃液がぐじゅぐじゅと音を立てていた。
母が「ハハハ」と笑う。
ずっと前、街中で、本当に何気なく、付き合っている彼女のお腹を触ろうとしたら、びくっと腰を引いて避けられたことがあった。僕の彼女のくせになぜ避ける? と、喉元まで出かかって止めた。
そうして、すぐに「ごめん」と謝った。
「人前で、そういうことをする人は最低だと思う」
その言葉は、まだ僕の胃のあたりに残っている。
謝り倒してようやく許してもらえた。
大人にならなきゃいけない。そういうことをしない大人に……。
母の胃が動くたびに、液体の音が聴こえる。
ちゃんと彼女のことを考えないといけない時が来ているのだ。
僕はスマホを手にして、「ごめん、寝てた。お仕事お疲れ様」と送った。それから続けて「今度、家で一緒にご飯食べないか。お母さんも来て欲しいってさ」と送信した。
それから母に向き直って、改まって言う。
「お母さん、今度、彼女を家に呼んでご飯食べないか」
「もちろんいいわよ~」
「サーモンのお寿司、作って欲しい」
「子どもね~」
母はテレビを見ながら、だんだん半目になっていった。それから、とうふちくわと砂漠で温めたゆでたまごの話をしているうちに母は寝てしまった。
トイレに入って、そっとお尻を触る。穴が緩くなっていて、簡単に指が入った。
僕は指が簡単に入る数日間、あの鏡張りが実はマジックミラーで、セックスが録画されていて、エロ動画サイトにアップされていないか探したりしていた。
やっぱり撮ることをお願いしなくて良かったと思うこともあったし、処女喪失を記念に撮って残しておきたかった気持ちもあった。もし自分が映っている動画を発見したら、たぶん、保存してから、削除申請をするのだと思う。
彼女を家に迎えてご飯を食べた時は、もう指一本入らなくて――それから同棲の相談とかをした。それと、どんな回転寿司よりも、母の握ったサーモンが一番おいしい。
グロッタ 猿川西瓜 @cube3d
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