第4話 水槽
そんな職人を前にして、僕は何を演じているのだろう。
何で足を広げているのだろう。
ふと、冷静なものが通り過ぎかけては、「2万円も払って、ここまで来たんだ。今更、クールぶってどうする!」と振り切る。
僕は、ただただ相手を受け入れることに、集中した。
声も、かろうじて呻き声ではないものがやっと自然に出てきた。
それは快感というより、相手の動きに合わせた掛け声のようなものだった。
女性とするときは、AVなんかと同じく、「気持ちいい」とか、「愛してる」とか甘い言葉をつぶやいたりしていた。女性の方も、AVのように頑張ってくれていた。今回は、嘉代さんのほうが、卑猥な言葉がけをしてくれている。僕はそれに応えるために声を出す。それは演技でもないし、黙っているわけにもいかない。
嘉代さんはずっと何かをしゃべっているが、こっちは穴の入口が熱くて痛くて聞き取るのに必死だ。大きな便をやっと出す時の痛みが、延々と続いて、何もでないのに何かが尻から出そうになる。
どれだけ嘉代さんが腰を振っても、穴で感じられるほどの神経がないので、僕の下腹部のソレは普段見るサイズよりも縮まったままだった。途中、体力回復と呼吸を整えるために嘉代さんに動きを止めてもらって、舌を挿れたキスを自分からした。
男って分厚い舌をしているんだな……と思った。
「かわいい」と嘉代さんはほほ笑んだ。
「もっと甘えていいよ」
「はい」と言って、僕は嘉代さんを強く抱き締めた。
それからもずっと、僕のソレは柔らかいままだった。疲労困憊だった。
自分がずっと目をつむっていることに気が付いて、薄っすらと目を開けた。
嘉代さんが上からの動きを止めて、手だけで僕のソレを優しく動かした。
たくさん出たという感想は、二人同時につぶやいた。
僕が出す時に嘉代さんが動作を止めたのは、僕の前立腺を圧迫するとうまく出ないためだとか、尻の穴はしばらくすると元に戻るので開発を怠らないようにとか、人体の科学的なことがピロートークの中心だった。
もう一度、お風呂でシャワーを浴びる。着替えて帰ろうとする時、ベッドの上以上に、強くハグをした。嘉代さんは「香水の匂いついちゃうよ」と抗った。
「いいんだよ別に」
僕はなぜか小声だった。地上にあがる階段まで、嘉代さんに見送ってもらった。目の右端に見えた部屋にある段ボール箱は、全部無くなっていた。
水槽のほうを見ていると思った嘉代さんは、昔壁紙に合わせて金魚と出目金を店で飼っていたことを話した。
「みんな死んじゃったのよ」
「金魚が」
「名前、付けてたのに」
蛍光灯の下で、女装おじさんの化粧はひび割れていた。
こんなに化粧が崩れるほど頑張ったんだと思った。
「もう私のこと、指名しないでしょ」
女装おじさんはマスカラで真っ黒な目で僕を見詰めた。お風呂でお湯を散らばらせたりした不手際を恥じているようだった。
「いいや」と、僕は首を振って、足早に大通りに向かった。
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