第3話 赤い電気

 シャワー室は虚ろな赤い電気がついていた。

 嘉代さんに「刺激がきついから気をつけて。飲み込まないでね」と、ポーションパックに入ったモンダミンを渡された。口を洗った後、小さなバスタブに立って、体を洗ってもらう。

「熱くないですか。ごめんね、狭くって。このお風呂場、古くってお湯の調節が難しいの」

 言い終えた途端、嘉代さんの手が滑って、シャワーヘッドがぐるりとまわって、風呂場全体にお湯が降り注いだ。

「きゃー!」

 嘉代さんは甲高い声をあげた。風呂場が水蒸気で真っ白になった。


「お客さん、大丈夫ですか?」

「あ、はい。ぜんぜん。嘉代さんこそ大丈夫ですか」

「お湯、かかっちゃってメイクが……」

 動揺する嘉代さんをなだめて、体を洗ってもらう。僕より数倍立派な嘉代さんの下腹部のソレを見た。こんなにはっきりと他人のソレを観察するのは、生まれて初めてだった。


 お風呂場から出ると、やはり寒かった。クーラーは相変わらず強烈だった。

 嘉代さんは化粧直しをさせて欲しいと、風呂場から出てこなくなった。


 しばらくベッドに座ったり、冷蔵庫を開けてみたりしながら、あらためてプレイルームを見渡した。

 ダブルサイズのベッドに掛け布団はない。壁紙はびっしりと黒と赤の貝殻を模した柄で埋め尽くされていた。

 嘉代さんを待っている間、脱いだズボンからスマホを取り出す。


 付き合っている彼女にメッセージを送信するためだ。

 今日、僕は仕事が休日だが、彼女は鳥取へ仕事に行っている。今頃は建設中の倉庫の現場を見終えて、旅館で父や仕事仲間と一緒に飲んでいるはずだった。

 返事が意外にもすぐに返ってきてドキリとした。

「倉庫の整理で身体がどろどろ! ゆっくり休めた? お母様にとうふちくわ買ったよ。あと、砂漠で温めたゆでたまご(笑)」

 その暖かいメッセージに、僕は返事を出さずにすぐにスマホの画面を消した。寝ぼけていて、メッセージを見ながら寝てしまったという理由を自分に言い聞かせながら。


 嘉代さんがお風呂から出てきた。少し離れて見てみると、確かに多少の体つきや胸のあたりは年齢を感じさせるものがある。それでも、ベッドの上で、二人で力を込めて抱き合って、鏡越しに自分を見たら、愛おしい気持ちがあふれてきた。

 女にモテたいとか両親の期待に応えてそろそろ結婚と子作りをしないといけないとか、自分がかかえる全部からこの時間は切り離されていた。

 女性を落とさないといけない、好かれないといけない、攻略しないといけないことから解放されて、自分で受け入れられる唯一の部分を差し出すのだ。


 抱き合いながら、ふと気が付く。入口のドアの上にある時計が、十五分ほど早くなっている。

「あれ、時計の時間おかしくないですか」

「ああ、これ? この部屋で前に使ってた子が、はやく時間が終わったことにするために、動かすのよ。気に入らない客がいたのね。指で動かすの」

 僕は笑った。

「お客さんにはそんなことしないからね」

 嘉代さんはローションをたっぷり指に付けた。僕は仰向けで天井の鏡を見るばかりだった。


 ……。


 今のところ、痛みしかない。

 身体は素直に、異物を押し出そうとする。

「力、抜いてね。受け入れて。深呼吸して。力抜いて、力抜いて」

 嘉代さんは淡々としながらも、とても僕に気を使ってくれた。その気遣いに、甘えたくなる気持ちが大きくなる……はずが、それよりも痛みが先行する。変な汗で背中が湿る。全身から冷や汗から脂汗に近いものが滲みでる。

「もう上級者よ」と褒めてもらうころには、ベッドはぐっしょりと汗で濡れていた。

 もちろん、快楽による汗、ではない。

「……もう上級者なんですね」

 呻き声に近い声色で返事をする。

「うん、上級者よ」

 ひーふーと、全身の力みを抜こうとしながら、会話する。

 僕は疲れがひどかったので、「ちょ、ちょっと休みます」と言った。

「そうね、少し休みましょう」と嘉代さんが僕から離れた。嘉代さんの目は、性的というよりはどこか職人に近かった。僕も、快楽というよりは、施術を受けているようだった。おじさん二人の、共同作業だった。

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