駝烙論

安良巻祐介

 

 管のような長いものの先に、形の整った人の顔が付いており、それが木々の中からにゅうと出て来て、何事かよく喋る。

 しかしそれが外国語にも聞こえないようなしゅらしゅら言うだけの擦過音なので、何を言っているのだか、実はよくわからないのだけれども、椅子に腰かけてその話に耳を傾けていた女は、やがて立ち上がり、向こうの大きな家の庭へ行き、樹の上から柿を落とした。何となくそうすべきだと思われたからであった。

 そして、傍で眠りこけていた男を揺り起こすとそれを食べさせ、甘さにくらくらしている彼をよそに、異常を察知して逃げようとしている人面蛇を捕まえて、柿の木に縛り付けた。

 結果として彼らは柿の家の主から怒られて、とうとうそこに住めなくなった。

 そればかりでなく、せっかくそれまで無期限の黄金印のついていた免許に罰則の朱を入れられて、男は胸の発熱器官の自動機構を外されて人力でダイナモ稼働させなければならなくなり、女はというと卵背負いと男の捨てた月の世話をさせられることになった。

 人面蛇は、かわいそうに人の頭をもぎとられ、ただの長いものになってしまい、そのまま野に放たれた。

 柿の家の主はすっかり疑い深くなって、庭の入口には色んな犬種を闇雲に掛け合わせて泥の塊のような見た目に成り果てた雑種の番犬を置き、それだけだと不安なので、勝手に動いて人斬りをする物騒な霊刀も、崩れ犬のそばに突き刺して置いた。

 これでもう誰も、柿の家には入れない。

 だから男と女とが出て行ってそれ以来、主だけがどこかにいるらしい家は荒れ果て放題となり、大きな庭にある大きな柿の木の実はずっと落ちるに任され、地面にごろごろと転がり廻っては、ひどく甘い恨みがましい香りを放ちながら、ゆっくりとじくじく腐っていくようになった。

 以下に引用するのは、家の近くでのちに見つかった日誌に残されていた文だが、上記の男のものにしては細部の異なる記述も多いため、信用に値する資料かは甚だ疑問である。


 (前略)

 ……焔の如く輝く剣の嘴と人間のつらを持った鳥が、そのどこを見ているかわからない眸を蠢かしながら、出て行く俺たちに門の上から「さようなら」を告げた。

「明日からどう生きていけばいいのかい」と尋ねると、「そんなことは知らん」と返された。

「屹度、我らが主とて知るまい。外でお前たちにやらせて、色々と知ろうという腹もあるのじゃないか」

 本気だか冗談だかわからない声音であった。

 俺は食いつぶした果実の干からびた種を手の中で握りこみ、少し先を振り返りもせずに歩いている、美しい自動人形オートマタ―我が完璧な伴侶にして、俺と違って欠けのないが故に恐ろしい存在―を見やり、ため息をついた。

 俺たちに果実の樹を教えてくれた龍は、人の顔を奪われただの糸か螺旋の塊のようになって何処へかと転がって行った。まずはあれを探すことから始めた方がいいのかもしれない。禁じられた技術、封じられた象徴、それをこそこれからの俺たちは必要とするのだろう。

 家の中に居る間、全てはあの綺怪仕掛けの人形が動き出すまでもなく、全能なる家の主に仕組まれていたのではないかと真剣に考えたりもしたが、人面鳥の物言いを見るに、どうもあの主は全能などではないのではないかという疑いが首をもたげてきた。

 むしろ主は何も知らぬがゆえに、こうして何となくの成り行きに任せているだけで、役割としては「知る者」でも「考える者」でも「裁く者」でもなく、延々と「観る」だけの者なのかもしれない。そもそもあの鳥を通してしか主の事を知らないので、存在自体が狂言の可能性もあるのだ。

 気付けばだいぶ門から離れていた。

 遠目に見やると、人面鳥はその整った顔を彼方の方角へ向けたまま静止させて、全くただの彫像のようになっていた。ふと、もしかしたらあの鳥さえも元からああだったのではないかと思えて来て怖くなってきたので、考えを振り払い、もうだいぶ先まで行ってしまっている自動人形を見失わないように、裸足の歩みを少し速めた。


 




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駝烙論 安良巻祐介 @aramaki88

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