春
宿を出て、列車に乗る。中央へ入るためにサルビアの北へと向かい、門の前を走る川のあたりまでやってきた。
門の端には侵入者を防ぐための、鉄の壁が広がっている。視界に入ったラインが東西南北との国境だ。見上げるだけで、プレッシャーを感じる。長年侵入者を阻んできたもの特有の、貫禄があった。
門の前には二人の番人が立っていた。彼らは腰に剣を挿していた。下手人が来ようものなら即座に抜いて、襲いかかるだろう。
慎重にいこうと決めて、跳ね橋へ足を踏み出した。ゆっくりと渡っていくと予想した通り、門番が殺気を放つ。
「なに用だ?」
「ひ弱そうな少年だね。君が中央に用があるとは考えにくい」
なおも真白は堂々と前に進む。
本人としては門をくぐる動機を持っており、正義の味方である自身も知っているため、後ろめたさはなかった。
かくして真白は彼らと握手ができる距離まで近づく。
「開けてください」
まっすぐな眼差しで訴えると、門番は互いに顔を見合わせた。
答えが返ってくるのを待つ。
「帰った帰った。選べれし者のみが入れるのだよ? 分かっているのか?」
正面から見て右で構えるいかつい顔をした男は、視線だけで少年を見下ろした。
「僕には中央に入る資格があります」
チケットを取り出して、相手に見せつけた。
しばし目をまばたかせたあとに右の門番は、さげすみの目で真白を見る。
「偽物であろう。貴様のような弱そうな者が、持っているわけがないのだ」
となりの相方も同じく、鼻で笑う。
ただし彼はなにかに気づいたようで、「ん?」と眉をひそめた。
「僕には中央に入る理由があります。それは勇者としての役割。大切な人がこちらに託した願いでもあります」
真剣な口調で述べると、右の男はフンと鼻を鳴らす。
「冗談を言うのも大概にするのだ」
彼は足を踏み鳴らすと、真っ赤な顔をして怒鳴る。
「勇者さまは貴様のようにもろい男ではないのだぞ。もっと光り輝く、星や炎・雷のようなお人であった」
雷を落としたのような剣幕に、さすがにひるむ。
右の男が熱弁を披露する中、左の男はゴシゴシと目をこすっていた。
相方はさらに語りを続けており、そんな相手を哀れみの目で見る。
「そのへんにしといたほうがいい。その人は本物だぞ」
「はぁ!?」
右の門番は目を丸くして、フリーズする。
ため息をついたあと、真白も真摯な目で伝えた。
「本当に、勇者なんです。正確にいうと三〇〇〇年前の勇者です。僕はクルールに降り注ぐ災厄から世界を救うために、動いています」
二人の門番が互いに目を合わせた。
沈黙のあと、右の男は足を踏み鳴らす。
「ウソをつくな。俺はだまされぬぞ。真実を話すがいい」
あたりには地響きが広がる。
真白がひぇっと悲鳴を飲み込むと、左の男が目を伏せた。
「いや本当に、本物なんだ。都会に建つ石像、知ってるかい? アレと同じ顔なんだよ」
「ファッ!?」
目の前からひょうきんな声が上がる。右の男は目を見開いて、両手を天に向けて、驚いた。
「東には石像があるのか……これだから門番務めは」
次に白玉のようになった目が、少年に向く。
「真実であるか?」
ウソであってほしいと願いながら問うたのだろう。
あいにくと答えは――
「はい」
「うわああああ」
あっさりとうなずいた瞬間、門の前に絶叫が響く。
まさしく今、彼にとっての理想は砕け散った。
「俺が信じておったのは、貴様のようなもやし野郎ではなかった」
絶望に満ちた声を上げて、後ずさる。彼は両手とひざを地面につけて、うなだれた。
失礼なものいいばかりな男である。真白はそんなことを思いながら、相手の様子を眺めていた。
「どうするよ?」
相方を見て苦笑いをしてから、左の男が前を向く。
「勇者ならなおさら、通すのが難しいよ」
「逆じゃないですか?」
首をかたむける。
「住民票は?」
「多分、ないです」
「だろうな。勇者はある日突然、現れる。召喚に応じて参じたわけなんでね。もちろん戸籍はなし」
左の男は淡々と説明を繰り出して、腕を組む。
確かに真白はクルールで生まれたわけではない。住所は『東国北エリア雪野町風花』と書けるが、実際は居候だ。
彼はへーとつぶやいて、なるほどと受け入れてから、「詰んでない?」と小首をかしげる。
「で、でも、中央への道を封じるなんて、おかしいですよ。僕は例のイベントでも中央へ行く予定でしたし」
くっと奥歯を噛んで、剣の柄を握りしめる。
もどかしさを抱いていると、左の男が神妙な態度で切り出した。
「君の名は?」
「真白だけど、どうしてですか?」
「それっぽい名前を見つけてはいたんだ」
「ある日急にポンと登録をしてあってな」
右の男がむくっと起き上がる。
なおも相方が両の腕をだらりと下げる中、左の男はタブレットの画面を指でなぞった。
「君の名は登録してあったよ。少なくとも数年前から雪野町の住民だったみたいだね」
真白はぽかんと口を開けた。
「そんな……! なんで? 住所なんて」
視界がグルグルと回る。混乱の渦が脳を包んだ。
モヤモヤが心に入り込んでくるが、中央へは進める。前向きに考えると心に温かな感情が宿って、
それから舞台の黒衣役のような影が門の内側から、紙を差し出す。左の男はさっと受け取って、真白に差し出した。
両手で取ってから、手のひらの上にあるカードを見る。白の背景に雪の結晶を散りばめたデザインをベースに、一人の少年のポロフィールが書いてあった。名は『勇者真白』
カードに書いてある勇者の字を目にとらえると、自分が勇者であると相手が認めたのだと、感じ取った。胸の底から喜びがあふれて、目の前がパッと明るくなる。
跳ね上がりたい衝動に駆られたとき、門が重たい音を立てて開いた。すき間から町の景色がのぞく。
「行くがいい」
「がんばれよー」
二人の声が背中を押す。
深く息を吸ってから、目的を果たすために足を一歩、前に出す。
前だけを見て足を動かすと、ついに町の中に体が入った。殺風景なビル群を視界にとらえたとき、後ろでバタンと音が響く。門が閉じたのだ。ビクッと体を震わせながらも肩の力を抜いて、あたりを見渡す。
パッと見た印象だと和風か洋風か曖昧だ。グレイッシュな地面にはビルが天高く伸びているにも関わらず、行き交う人々は着物を着ている。和洋折衷の風景に頭が混乱して、眉を寄せた。
メタリックの建物の周りを歩いてみると、無機質な町だと感じる。クールでまとまりのある町並みだと言えば、聞こえはいい。問題はクールすぎるところだ。住民は無表情で働くばかりで、建物も飾りを排してある。全体的に機能のみを重視したデザインだった。モダンでシャープな雰囲気の中に、さびしさを感じる。雪野町を思い出すからだろうか。もっとも、風花は温かな人々も多かったけれど、中央はひたすらに冷たいだけである。
遊ぶ場所もないと予想をつけてがっかりした矢先、花の匂いがふんわりと、鼻をかすめた。
現在、花畑はおろか、花壇すら視界の外である。そもそも銀色の町に鮮やかな色は少ない。彩葉か? と目を見開く。
ひとしきに驚いたあと、暖かな日差しを浴びて、春を実感した。
青く晴れ渡った空を見上げると、気分が高まる。今ある季節を花のような少女が直接連れてきたようで、しんみりとした。切ない気持ちを胸に抱きながら、少年は歩き続ける。
僕は勇者にならない(第一章) 白雪花房 @snowhite
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます