STAGE 1
……。
…………。
パトリックの幼少期は全て、打倒エセリンドに注がれていた。
すなわち、特訓特訓、また特訓。
【聖十字槍】の後継者となるべく、体と心を鍛え続けたのである。
ケネディ家の豪邸の中庭で、幼きパトリックは毎日のように【聖十字槍】を振り続け、汗の雨を降らせた。正確に悪しき妖精の急所を狙えるよう、手首の力加減から槍の突き方、構え方まで、全て師匠である祖父コロムキル・ケネディから指導を受けて。
「もう疲れたよ、じーちゃん」
「甘ったれるな、パトリック。わしが若いころは、これくらいの特訓ではへこたれなかったぞ!」
頭髪がU字型に禿げ上がった祖父の額がきらんと光る。
「そう言うじーちゃんは、エセリンドと戦っていなかったくせに」
「仕方がない。エセリンドは聖人の加護が弱まるころに復活するのだからな。わしの父、ディンプナが討伐したばかりで、わしの世は平和だった。だが、ケネディ家の技術を絶やすわけにはいかんからな。わしらは常に激しい特訓を強いられているんだ。そして、お前の代でエセリンドが復活する可能性は高いときとる。手を抜いてはいかんのだ」
「はあ……。ねえ、じーちゃん。エセリンドって、どんな妖精なの? ディンプナひいじーちゃんから聞いているでしょ?」
「この武器が【聖十字槍】と呼ばれておるように、エセリンドの正体はデアルグ・デュだ。『赤い血を吸う者』という意味の妖精だな。男ばかりか女も魅了し、その生き血を吸う
「きれーなねーちゃんか……。それを俺は滅ぼさなきゃいけないんだな……」
「そうだ。だから、力を蓄えねばならん。奴だけでなく、奴の配下である悪しき妖精の対処法もその頭に叩き込めよ。素振り一万回が終わったら、座学だ」
「はあ……」
…………。
……。
遠き日の記憶を胸に、パトリックはエセリンドの魔城に到着した。
この日を何年も待っていた。おそらく、コロムキルは何十年も待っていただろう。
エセリンドを滅ぼす。
そのためだけに、十何年もの歳月が費やされた。偉大な先祖たちの思いを無駄にしないためにも、パトリックは精神を研ぎ澄まし、魔城の攻略に挑む。
「さあっ! エセリンドの仲間の妖精たちっ。来るなら来い、一人残らず滅ぼしてやる!」
パトリックは魔城の門に向かって全力で走り出した。
近くには酒樽らしきものが積み重ねられているだけで、何の気配もない。
かと思ったのだが――
「キイッ!」
突然、樽が動いたかと思うと、パトリックに向けて転がり始める!
「歓迎、ご苦労だな!」
身を翻して酒樽を回避。目を研ぎ澄ませば、慌てふためく妖精の姿があった。
小柄で豚の顔を潰したような醜い容姿。敵意の塊が四肢を持ったその妖精の名はゴブリンという。
「雑魚に用はねえっ!」
パトリックは【聖十字槍】を神速の業で突き出し、ゴブリンの心臓を穿つ。風のように激しく、水のように麗しい一撃。それは的確に悪しき妖精の魂を奪っていった。
「キイイッ!」
さらに現れたのは、女ゴブリンであるグラシュティグであったが、パトリックは彼女の姿を見るとすぐに聖槍で痛みを感じさせる間もなく絶命させた。そこへ新たに変身能力を持つボゲードンという名のゴブリンも現れたのだが、その力を発揮する前に【聖十字槍】の攻撃を浴び血の雨を降らせた。
「三下に用はねえっ」
猪のような勢いでパトリックは魔城の門へと急ぐ。彼こそが暴風の化身のような勢いだ。
すると、フェアリーハンターの進行を阻むように、新たなエセリンドの配下が現れた。
「クックック……よく来たな、ケネディの末裔よ」
パトリックを覆う黒い影。彼を待っていたのは、超巨大な生物。パトリックはナイフのような眼光でその巨影を射抜く。
「ワームかッ!」
それは竜だった。イングランドやアイルランドではさほど珍しくない、蜥蜴を巨大化したような生物である。
爬虫類らしい獰猛な瞳を煌めかせて、ワームは重々しく口を開いた。
「ここから先は――」
「うるせえ滅びろ!」
ワームが何か言っていたが、パトリックは構わず【聖十字槍】を振るった。
「アギャ―ッ!」
十字を模した穂先が舌を貫き、ワームは悶絶。そのまま目を剥いてどっしりと倒れてしまった。
「尻尾を巻いて逃げる暇も与えねえぜ」
ワームは口から毒の息を吐き、敵を苦しめるらしいが、パトリックの先制攻撃の前では無力だった。
「さて、いよいよ魔城内部か」
ワームのことなどすでに記憶から消えているかのように、パトリックの注意は魔城の門へと向いた。不思議なことに、パトリックを歓迎するかのように「ギイイイッ」と重厚な音を立てて門が開いていく。
「俺を歓迎してくれているようだな」
獰猛な笑みを浮かべると、パトリックは血を蹴り、吸血妖精の本拠地へと乗り込んだ。
【妖精図鑑】
☆ゴブリン
メジャーな妖精の一種。主に人間の住居の近くに現れる妖精であり、多種多様な姿を見せる。さらに、山、森、洞窟、鉱山など自然にも分布する種も多い。基本的に性悪で、人間を怖がらせて喜ぶ。
しかし、ゴブリンの中には「
☆ワーム
本来の意味は「長虫」だが、竜の名としてイングランドやアイルランドに伝わる。また、ワームは竜であるが妖精の一種である。蛇のような細長い体の持ち主であり、毒の息を吐き、さらには体を切断されても元通りになる性質を持つという。
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