STAGE 6

「おらおら、どけどけー!」


 聖槍が流星のように宙を駆け、行く手を阻むゴブリン軍団を一体も残さず蹂躙していく。

 塔に近付けば近付くほど、妖精の数は増えた。パトリックはエセリンドとの決戦が間近だと好意的に捉え、血を滾らせる。


「あっ、パトリックお兄ちゃん。追い付いた~」

 

 パトリックがゴブリンを殲滅させたところで、モル=ロウがとことこと歩き、相棒の鍋がカタカタと動いて合流。パトリックは眉毛をハの字にしてモル=ロウの肩を突っついた。


「おう、モル=ロウ。帰ったのかと思っていたぞ」

「船乗り場で鬼火の妖精と戦っていたんだよ」

「ふーん、何かあると思っていたが、やっぱり親衛隊の誰かがいたのか」

「うん、パトリックお兄ちゃんが渡してくれた聖水のおかげで、倒せたんだよ。ありがと」


 そう言って、モル=ロウはパトリックの頬に唇を重ねた。


「って、何の真似だ。モル=ロウ!」


 血の通う柔らかな感触を味わい、パトリックの頬が茹で上がる。


「男の人ってこうすれば喜ぶって村のお兄ちゃんが言っていたんだけど……」

「……まあいい。モル=ロウ。この塔にエセリンドが待っているのは間違いないようだ。本当に帰るなら今のうちだぞ」

「帰らないよ! モルだってエセリンドおばちゃんをやっつけたいもの」


 にこにこと天使のように微笑むモル=ロウ。パトリックは肩をすくめた。


「やっぱ言っても無駄か。仕方ねえ、行くぞ」


 パトリックはぐっと拳を握り締めると、宿敵とレイチェルが待つであろう塔の扉を蹴破った。


「エセリンド! どこだ!」


 塔の中へと突入するパトリック。そこで彼を待っていたのは――


「うっ」


 思わず鼻を抓みたくなるほどの酒気。この空気を吸っただけで酩酊状態になりそうだ。

 目を瞬いて確認する。エセリンドの魔城の塔、その内部を。


 そこにいたのは、十数人以上もの人間。誰も彼もが鎧を身に纏い、マントを靡かせ、剣を携えていた。かの神話に登場するフィン・マックールのような騎士たちがこの場にいたのだ。

 騎士たちはジョッキに湛えられたビールを飲み、陽気に笑い合っている。

 竈もあり、煉瓦造りのこの部屋はまるで酒場そのものだ。ある者はダンスを踊り、ある者は芸を披露し、ある者は料理を作っていたのだ。

 明らかに今までと雰囲気の違う光景に、パトリックもモル=ロウも声を失ってしまう。


「おおっと、二名様ご案内~。ささ、飲んで騒ぎましょうぜ。もうすぐ楽しい楽しいサウィン祭。その前夜祭の前夜祭の前夜祭くらいと思って、日々のつらいことぜーんぶ忘れて飲んで食べて歌いましょう、兄弟!」

「ま、待て――」


 パトリックが【聖十字槍】を振ろうとするよりも早く、騎士の一人がフェアリーハンターの口へビールを浴びせる。


「きゃっ、パトリックお兄ちゃん!」

「てめっ……うう……く、フラフラする……。俺は、酒は……苦手なんだ……」


 フェアリーハンターとしての腕を鈍らせるわけにはいかないケネディ家では、祭事のときくらいしか飲酒を許可されていない。そのため、パトリックもアルコールの類には慣れていなかったのだ。

 パトリックの顔はあっという間に紅潮してしまった。


「おまえたちィ……どうせ妖精だな? 騎士に化けやがて……ぐ……。【聖十字槍】……こ、これか?」


 どんな死地も窮地も乗り越えたフェアリーハンターだが、陸に揚げられた魚のように意気が消沈。

 胡乱な目つきでパトリックが槍を振ろうとして――


「きゃっ、それ妖精くん!」


 モル=ロウの相棒、妖精のプディング入りの鍋を投げてしまった。鍋は竈の上でからんと大きな音を立て、床の上に落ちてしまった。そして、きゃんきゃんと鳴く子犬のように床を駆けるとモル=ロウに抱き締められる。


「はっはっは。豪快でいいねえ。ヴァイキングのようだ! さあ、パイも焼けたぞ、食え食え!」


 酒気が回り、前後不覚となったパトリック。その口へ向けて騎士の一人がパイを投げた。あつあつのパイである。パトリックは目を見開き、舌と口のまわりを火傷しそうになりながら――平らげた。


「ぐ……み、水……」

「はーい、お客さん。お水だよー!」


 またまた騎士の一人がパトリックの口へジョッキを向けるが――


「どうせそれ、お酒でしょ! 妖精くん!」


 モル=ロウの命令を受けて、鍋が騎士の手を払う。床の上に液体がぶち撒かれ、騎士は口端を歪めて舌打ちした。その隙にモル=ロウはパトリックのジャケットに手を忍ばせ、小瓶を取り出す。


「パトリックお兄ちゃん、しっかりして! ほら、聖水!」

「っ……すまねえ、モル=ロウ。俺としたことが、油断した」


 聖水を浴びるようにして飲むパトリック。まだ朦朧としているが、意思を固めてパトリックは【聖十字槍】をしっかりと握り締める。


「お祭り好きな妖精……お前たち、ディーナ・シーだな?」

「クックック……」


 騎士の中から一人、眉目秀麗という言葉が似合いそうな青年がジョッキを片手に歩み出る。


「いかにも! 当方はエセリンド親衛隊が一人ディーナ・シーのダナン! サウィン祭を前にして我らのテンションは最高潮。ケネディ家の者よ、お前を酔い潰せば、酒樽百年分が――」

「うっさい滅びろ!」

「あぶっ……」


 ダナンの口上を聞き終わるよりも早く、パトリックは【聖十字槍】をかの妖精の脳天に叩き付けた。ダナンは仰向けになって倒れ込んだが、ビールを零さないようにそのジョッキは手に持ったままだった。


「ダナン様! おのれ、我らのサウィン祭前々々夜祭に水を差すとは……」

「俺の怒りも最高潮だ。お前たち全員、滅ぼす!」

「モルも、思いっきりダンスしちゃうよ!」


 かくして、酔いから醒めたパトリックが嵐のように暴れ、モル=ロウが鍋とともにダンスし、ディーナ・シーたちのサウィン祭前々々夜祭は中止となったのだった。


「よし、エセリンド戦の準備運動にはちょうどよかったな」

「この上に、エセリンドおばちゃんが待っているんだよね」

「いよいよご対面ってわけだ。急ぐぜ」


 内部に階段を見つけたパトリックとモル=ロウは馬のような勢いで駆け上がり始める。

 いざ、決戦の舞台へと。



 

【妖精図鑑】

☆ディーナ・シー


 アイルランド伝承に登場する妖精。

ディーナ・シーはアイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナーンがミレー族に敗れ、妖精となったという説がある。人間と同等の背丈を持ち、馬に乗ることもあった。歌や踊りが好きで、群れを成して宴会を行う。アイルランドで行われていたサウィン祭は特に楽しみだったようだ。

 なお、サウィン祭とは十一月一日に行われる祝祭。ハロウィンはこのサウィン祭の前夜祭として広まった。あの世とこの世が通じるときを、ディーナ・シーは祝っていたのかもしれない。

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