STAGE 2
魔城はエセリンドの魔力を受けて具現化している。
そのため、出現するたびに内部の構造は変わるのだと、パトリックはコロムキルから聞いていた。故に、ディンプナのときの内部情報は役に立たないため、地道に魔城内を探索しなければならないのだ。
瀟洒な絨毯が敷かれ、蝋燭の火が揺らめき、シャンデリアが怪しく煌めく。
廊下には素人が見てもため息がでるほどの古美術品が飾られ、時の流れを忘れさせた。
パトリックが目にしたのは、そんな魔城の光景と――
彼を歓迎する妖精たちであった。
「うおおっ! どけどけい!」
待ち構えていたのは、ゴブリンやピクシーを始めとする妖精軍団。ゴブリンは姿を現した瞬間にパトリックが殲滅するのだが、ピクシーは小さくすばしっこいため、攻撃を当てにくい――と言いたいところだったが、幼少期から針の穴に糸を通すような訓練を詰んでいたため、蚊をフォークで刺すような所作で仕留めることができた。
「雑魚が。もっと大物をよこせ!」
準備運動にもならず、手応えの無さに苛立つパトリックである。
そこへ――
「クックック……待っていたぞ、ケネディのフェアリーハンター……」
「誰だああ!」
猛獣のように咆哮し、素早く臨戦態勢に移るパトリック。彼の前に立っていたのは、猫であった。しかし、それは猫と呼ぶにはあまりにも大きく、人間味に溢れていた。
「ケット・シーか!」
ケット・シーとは猫の妖精である。二足歩行で現れ、高い知能を持つ妖精だ。
「滅びろっ!」
二の間を置かずパトリックがケット・シーに向けて【聖十字槍】を突き刺す、彼の猫妖精は俊敏に身を翻すと廊下内を飛び回る。
「にゃんっ! ファー・シーやワームを倒したようであるが、同じ手が二度も三度も続くと思うにゃ、と吾輩はマンネリ打破に勤しむのである」
「てめえっ。ただのケット・シーじゃねえな?」
口の周りをぺろりと舐めたあと、猫妖精はニヤリと笑った。
「いかにも、吾輩は猫の王――イルサンである。エセリンド親衛隊の一人なり。貴様を始末すれば、マタタビ百年分をプレゼントと聞いて、身を引き締めて推参した次第である!」
「まさか俺と十秒以上会話できる妖精が現れるとは思っていなかったぜ」
そう言いながらも【聖十字槍】を振り続けるパトリック。しかしその悉くが回避されてしまう。跳躍力、敏捷性はパトリックの想像を絶するものだったのだ。
猫妖精の反撃が始まった。
「シャーッ!」
イルサンはナイフのような爪を伸ばし、パトリックに襲い掛かる!
だが、パトリックは鼠ではない。猫の凶襲から逃れられるのもわけはなかった。ひらりと躱され、イルサンはずざざっと絨毯に滑り込んだ。
「ぐっ、小癪な……」
そして、イルサンが立ち上がったとき、彼の瞳は熱の槍を映し取っていた。
「にゃ……これは……ッ」
猫妖精が呻く。イルサンはその身体能力を活かすこともなく、【聖十字槍】の穂先に突き刺され息絶えた。ジュウっとその脇腹を焦がす音が、彼の最期に聞いた音であった。
「猫の王、イルサン。その死因は赤く焼けた棒に貫かれて、だったよな」
パトリックは知っていた。このケット・シーの伝承を祖父コロムキルの座学で聞かされていたのである。そして、その結末が弱点と成りえることを。
パトリックは一心不乱に【聖十字槍】を振ったわけではない。その先端は廊下の蝋燭の熱を狙っていたのだ。赤く焼けた穂先は、イルサンの恐怖心を呼び覚ました。彼の動きを止め、命を奪うことに成功したのである。
「こんなとこで時間をロスしちまった。くそっ、エセリンドはどこだ? やっぱ上にいるのか? 階段を探さねーとな」
探索再開。パトリックは手当たり次第魔城の扉を開ける。しかし、どの扉を開けても妖精が待っていたので、一突きにしてやった。
「どこだ!」
苛立ちを露に扉を蹴り飛ばすパトリック。また妖精が待ち構えていると思い込み、【聖十字槍】を振ろうとするが、その部屋は今までと様子が違っていた。
「あん……?」
部屋の中央には寝台。そこには、岩山で咲く花を連想させるように、十代前半と見られる少女が眠っていた。
そして、彼女の周りには例によってゴブリン軍団。パトリックは瞬殺した。
「レイチェル、じゃねーが。なんでこんなとこに。おい、大丈夫か?」
パトリックは少女に近付き、ぺちぺちと彼女の頬を叩いた。
「ん、んー?」
ぱちぱちと、少女の目が開く。
「うわっ。ここ……エセリンドおばちゃんの城の中……? あれ、お兄ちゃんは……」
少女はベッドから飛び起き、パトリックをまじまじと見つめる。
燃えるような色の赤毛が特徴的な少女だ。頭にはリボンを巻いており、可憐さと活発さを両立させている。
「もしかして、パトリックお兄ちゃん?」
「俺のことを知ってんのか? まさかお前、妖精が化けてんのか?」
ギラリと目を光らせ威圧すると、ぷいぷいと少女は首を振る。
「ち、違うよ。レイチェルお姉ちゃんから聞いたんだよ。モルたちを助けてくれる、お兄ちゃんが来るって」
「どういうことだ? ちゃんと説明してくれ」
「それじゃ、モルの自己紹介からね。モルは、モル=ロウ・ラフィー。こう見えて、魔法が使えるんだよ。それで、エセリンドおばちゃんの城に乗り込んで、こらしめようとしていたんだけど……逆に悪い妖精たちに捕まっちゃった」
少女――モル=ロウはあははと頬を掻いて笑う。
「それで、捕まっているときに一緒にいたレイチェルお姉ちゃんと話をしたんだ。それからレイチェルお姉ちゃんはどっかに連れて行かれちゃった。たぶん、エセリンドおばちゃんのところだと思うけど」
「ふーん、なるほどな。しかし、お前みたいなガキでも魔法が使えるとはな」
決してパトリックはモル=ロウの話を信用していないわけではない。アイルランドでは赤い髪の女性は強い魔力を持つと信じられているからだ。
興味の光を瞳に宿らせ、
「どんな魔法でエセリンドと戦うつもりだったんだ?」
そう尋ねると、モル=ロウはこめかみに指を押さえつけ、意識を集中させる。
「待って……今こっちに向かわせているから……」
「向かわせている……?」
「うん。捕まったときに、離れ離れになったモルのお友達がいるの」
もしや強力な使い魔がいるのだろうか。パトリックが想像を膨らませていると、魔城の廊下をがたごとと何かが動く音が聞こえた。まるで嵐の日に吹き飛んだ看板が道を右往左往しているような、無秩序な音だ。
やがて、
「こっちよ、妖精くん!」
モル=ロウが叫ぶと、〝それ〟は廊下から部屋の中へと飛び込んできた。
少女の使い魔の体が燭台の光を浴びて眩しく輝く。
その「銀色の肌」に、驚愕したパトリックの顔が映り込んだ。
「マジかよ……」
妖精くんと呼ばれたモル=ロウの使い魔。
それは、子犬サイズの――
「鍋」だった。
鍋はがんっと音を立てて跳躍すると、モル=ロウの胸に飛び込む。
「妖精くん、よかった。モルを探していたんだよね」
それが愛玩動物であるかのように、モル=ロウは鍋を抱える。鍋は甘えた声を出す代わりに蓋をカタカタ鳴らし、モル=ロウの温もりを感じていた。
「変わった相棒だな」
「えっへん。モルのお友達の妖精くんだよ。この鍋の中にあるプディングに妖精くんが入っていてね、それで鍋を動かしているの。あ、でも蓋を開けて中を見たらだめだよ。その瞬間、魔法が解けて鍋は動かなくなる。そういう誓約なの」
「……
得心したようにパトリックが感嘆の息を吐くと、少女は笑窪を作った。
「えへへ。それはナイショ」
「よし、それじゃあ、お前はその鍋と一緒に城から出ろ。あとは全部俺に任せるんだ」
つんつんと額を突っつくと、モル=ロウは桃色の唇を尖らせる。
「むう、モルだって戦えるよ。ゴブリンをぼこぼこにしたもん」
機嫌を損ねた風で少女はにじり寄る。
「雑魚を倒したくらいでいばるな。結局捕まったくせに」
「いいからいいから。一緒にエセリンドおばちゃんを『めっ』しようよ」
ひょこひょこと背伸びをして強がるモル=ロウ。
「勝手にしろ。妖精に殺されても知らんし、俺の巻き添えを喰らっても知らねえぞ」
大きく溜め息を吐くと、パトリックは再び廊下に出て探索を再開。その背中を「はあい」と赤毛の少女と鍋が付いていくのであった。
【妖精図鑑】
☆ケット・シー
アイルランドの民話、伝説に多く登場する猫の妖精である。
人の言葉を話し、二足歩行が可能。基本的に黒猫だと言われているが、民話の挿絵には虎柄やぶち猫の姿でも描かれることもある。王制を布いているとされ、その中でも猫の王イルサンの逸話が有名である。
種牛のような巨体を持ち、妖しく光る眼と鋭い持ち主のイルサンではあるが、皮肉屋の吟遊詩人シャンハンに「鼠が蔓延るのはイルサンのせい」という風評被害を受けて激昂。シャンハンを殺そうとするが、鍛冶場にいた聖人の鉄の棒を脇腹に受けて絶命した。
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