STAGE 3
廊下を歩くパトリックとモル=ロウ。
奥へ進み続けた彼らを待っていたのは、燭台が兵隊のように整列し、賛美歌が聞こえてきそうな空間。月光を浴びて芸術的なステンドグラスが輝き、パトリックに煌びやかな影を落とす。
空間の頭上には吊り下げられた大きく鈍重な鐘が沈黙していた。
ここは礼拝堂だった。
「エセリンドおばちゃんって悪い妖精なのに、なんで礼拝堂を城に持っているんだろう」
「よく見ろ。聖者の像など一つもないし、ステンドグラスは妖精の絵に変わっている。つまり、俺たちに対する見せしめだ。お前たちの力など、この程度。信仰の力など届かないってな」
「ふーん」
「って、本当に付いて来てやがるな、こいつ」
朽ち果てた長椅子を踏みながら、パトリックはモル=ロウを一瞥した。お転婆らしい彼女はぴょんぴょんと障害物を飛び越え進んでいる。彼女の傍らには、鍋。鍋もまたがこんがこんと音を立てて器用に跳躍を続けるのだった。
礼拝堂を抜け、二人と一個は再び魔城の通路へと出る。
その探索の最中にもゴブリンは現れ、装飾品を投げたりして襲ってきたのだが――
「妖精くん、〈ジッグ〉!」
モル=ロウが軽快にステップを踏むと、その動きに合わせて鍋も踊り、ゴブリンを翻弄。隙を見て鉄の体当たりをお見舞いし、ゴブリンを失神させた。
「ナイス、妖精くん!」
にこにこ笑顔でモル=ロウは鍋の蓋を撫でる。
「見た? パトリックお兄ちゃん。モルがダンスすると、妖精くんが強くなるの!」
得意気な顔を向けたモル=ロウが目にしたのは、ゴブリン六体を血祭りにしているパトリックの姿であった。
「ん? なんか言ったか?」
「…………」
肩を落とすモル=ロウ。妖精くんも蓋をずらしてがっくりと項垂れたようだ。
「それにしても、魔城って迷宮みたいだよね! 進んでも進んでも、同じような景色ばかり。迷子になっちゃいそう! 迷宮の主なんかも、いたりして!」
「ミノタウロスがいるってか? ここはマンスターだ。ギリシャじゃねえよ」
モル=ロウの冗談に付き合ってしまったそのときであった。
廊下の奥から、ずしんずしんと巨体を唸らせながら――
怪物が姿を現したのだ。
「ひっ……!」
その悍ましい姿に少女は息を呑み、わなわなと震える。
パトリックを凌駕する筋骨隆々とした腕と脚。しかし、その顔は雄々しい角を持った牛。牛頭人身――悪魔めいた容姿が赤い目を光らせ、鼻息を荒くした。
「クックック……」
「ミ、ミノタウロスだーっ!」
モル=ロウは目に涙を浮かべて絶叫した。
噂をすればなんとやら。海の向こうの神話の生物が、このエセリンドの魔城に現れたのである。
「お前がケネディ家のフェアリーハンターか。俺様はエセリンド親衛隊の一人……そう、ミノタウロスだ! お前を始末すれば人参百年分が報酬として貰えると聞いて、筋肉がはち切れそうだぜ! クックック。どうだ、俺はミノタウロスだぞ! 怖がれ、慄け、泣け、喚け、命乞いをしろ! お前を頭から裂いて、くちゅくちゅと喰ってやるぞ!」
ミノタウロスは筋肉を膨れ上がらせ、パトリックを威嚇。
「クックック。どうした、ビビって声も出ねえか。お前を鯖折りにしてやるぜ!」
ミノタウロスは床を蹴り、その暴虐的な力を発揮しようとし――
「うるせえ、滅びろ!」
【聖十字槍】で一蹴された。
「いってえ!」
ミノタウロスは悶絶し、その牛頭人身の体がゆらゆらと陽炎のようにゆらめいた。やがて、その形は別のものへと変化。
清流のように美しいたてがみを持ち、ぴんと耳を立たせ、四本の足を持つその姿は――
馬だ。
「えっ? ミノタウロスが、お馬さんになっちゃった?」
モル=ロウは口をあんぐりと開け唖然。ミノタウロスにこのような変身能力があるとは、想像していなかったようだ。
「違う。これがこいつの本当の姿だ。なあ、プーカ」
「ヒヒッ!」
金の瞳を曇らせ、ぶるると体を震わせるミノタウロスもといプーカ。完全に立場が逆転してしまっている。
パトリックは犬歯を鮮やかに覗かせ、
「俺を怖がらせようなんて、千年早いんだよ!」
「ヒヒーッ!」
【聖十字槍】でビシバシと叩かれ、プーカはその場に倒れ込んでしまった。迷宮の怪物の呆気ない幕切れである。
「まさか、ミノタウロスの正体がプーカだったなんて。あっそういえば、人参百年分がどうとか言ってたっけ……おドジさんなんだからっ」
倒れたプーカの腹をげしげしと蹴るモル=ロウ。パトリックは「お前が言うな」と小さく呟いた。
【妖精図鑑】
☆プーカ
主に馬の姿で現れる妖精だが、ロバ、雄牛、山羊、鷲などに姿を変えることができるという。夢魔や悪魔の同類であり悪戯好き。人間を困らせることが生きがいのようだが、ゴブリンと同じく台所仕事などを手伝うこともあるらしい。
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