STAGE 4

 ……。

 …………。

 エセリンド復活が間近となり、 成長したパトリックは一層フェアリーハンターとしての腕を磨きあげる。腕試しとして傭兵業を営み、各地で妖精の悪行に悩まされている人々を助け、時を過ごしていた。

 レイチェルはパトリックが十五歳になったとき、ケネディ家によって紹介された少女だった。子爵の娘であり、世界のあらゆる文化に興味を持ち、彼女の我が儘により豪邸には日本を始めとするアジアの国々の庭園が再現されている。

 レイチェルはことあるごとにパトリックに首を傾げて質問していた。


「ねーえ、パトリック。パトリックはどうしてもエセリンドと戦わなきゃいけないの?」

「そりゃそうだ。俺は、奴を倒すために今まで生きてきたんだ。これこそが俺の存在証明。奴の被害を世界に蔓延させないように、食い止めなきゃいけない」

「だけど、パトリックがエセリンドに勝っても……またわたしたちの子供が同じことを繰り返すのでしょう? そんなのを、世界が終わるまで繰り返すというの?」


 虚ろにレイチェルは問いを重ねる。


「仕方がない。奴がそういう性質なんだから」

「……わたし、エセリンドに会ってみたいわ。復活してもすぐに倒されてしまう彼女がどんな考えをしているのか、興味があるもの」

「無茶な。奴は吸血妖精だ。君7の血も生気も何もかも吸われてしまうはずだ」

「だけど……彼女も『可哀そう』だもの」


 その憂いの瞳の輝きをパトリックは忘れない。

 レイチェルはケネディ家とエセリンドの両者を哀れに思っていたのだ。

 討伐、経時、復活の円舞曲。

 終止符を打つのを望んでいたのが彼女だった。

 パトリックも心のどこかでは期待をしていた。

 時が経てば、エセリンドの気も変わり、この血の宿命に変化が訪れるのかもしれないと。

 それから時が経ち、エセリンド復活の報がケネディ家に届いた。

 ついにこのときが訪れたと、パトリックは使命感を燃やし立ち上がった。

 そして、そんな彼を嘲笑うかのように――レイチェルは姿を消した。結果エセリンドの手による誘拐と知り、パトリックの吸血妖精に対する憎悪は炎上したのである。4


「エセリンド、やはりお前はやる気のようだな。お前は絶対に滅ぼしてやる!」


 …………。

 ……。




 エセリンドの魔城の通路で、首のない騎士が叫ぶ。


「わしはエセリンド親衛隊の一人、デュラハン! ファー・シー、ワーム、イルサン、プーカを倒したことは評価してやろう。だが、わしは他の奴らと同じように倒せるとは思わないことだ!」


 例によってパトリックはエセリンドの手下である悪しき妖精に遭遇していたのだ。今回の相手はデュラハン。顔がないのに快活に笑い、青い鎧をきらりと光らせている。

 デュラハンの挑発に、パトリックは常套句で乗ってやった。


「うるせえ、滅びろ!」


【聖十字槍】を振るい、銀の穂先を鎧に打ち込む。どんな妖精をも屠った必殺の一撃。しかし、その先端はかきんっと音を出して跳ね返った。


「わわっ。槍が効いていないよ~」


 デュラハンの鎧の頑丈さにモル=ロウは驚き、相棒の鍋はカタカタと震えた。


「わしは妖精ではあるが、鉄には抵抗力がある! この鎧は伝説の剣だろうが斧だろうが、傷を付けることはできん! ハハハ。わしは強くて固くて、ルックスもイケてるデュラハンなのだ」

「どこに顔があるのよ~」

「さあ、反撃開始だ。我が槍で一突きにしてやろう。貴様を殺せば、最高級の首無し馬百頭をプレゼントとエセリンド様から言われたからな!」


 デュラハンの手には太く長い馬上槍がしっかりと握られていた。

 がちゃがちゃと音を出しながら、デュラハンが猛然と疾駆。猪のような勢いで彼我の距離を詰め、その馬上槍をパトリック目掛けて突き刺す!

 だがフェアリーハンターは鮮やかに回避すると、ジャケットから何かを取り出し、デュラハン目掛けて力強く投擲。

 鎧に当たった〝それ〟はがちゃんと音を立てると割れ、中身を散布する。


「ぬっ、なんだ……これは。液体? ぐっ……我の体が……」


 異変はすぐに起きた。デュラハンは糸が切れた人形のようにがくんと体を崩し、その場に膝を着いてしまう。


「ああっ、体が燃えるように熱い! 貴様、何をしたっ?」

「シャムロックをすり潰して水と混ぜた、妖精避けの聖水だ。お前のような悪霊めいた妖精を浄化させる作用がある」


 デュラハンが悶絶していると、通路の影からごろごろと何かが転がり始めた。

 それは兜を着用した顔であった。


「ひっ……逃げねば……き、消える!」

「きっとデュラハンの顔だわ。妖精くん、逃がさないで!」


 モル=ロウの指示を受けて鍋も勢いよく転がり、顔の前に立ちはだかった。


「よくやったモル=ロウ。さあ、デュラハン。滅ぼしてやるぞ!」


 風が螺旋を描いて巻く。すかさずパトリックは【聖十字槍】を振り、十字の穂先をデュラハンの顔へと打ち込んだのだ。


「ごふっ、エセリンド様、ばんざ~い」


 鉄壁の鎧を誇るデュラハンを攻略し、パトリックとモル=ロウはさらに魔城を進んで行く。




【妖精図鑑】

☆デュラハン


 アイルランドやスコットランドの伝説に現れる首なしの妖精。鎧に身を包んだ騎士の姿で知られているが、女性のデュラハンも存在する。コシュタ・バワーという首なしの馬に乗り、死者が出る家を訪ね、扉を開けたところをタライ一杯の血を浴びせて警告するドッキリが得意。

 デュラハンの伝説はアメリカまで渡り、スリーピー・ホロウ――ドイツ人傭兵ヘシアンの逸話を生み出し、今もハロウィンで親しまれている。

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